◆損害賠償請求事件 札幌地裁判決(平成13年6月29日)
(青春を返せ訴訟))

2001年6月29日
札幌地裁 判決抜すい

(編集部注記)
 紹介するのはA4用紙535枚に及ぶ長大な判決文のほぼ5分の1にすぎない。判決は各証拠書類とりわけ文献類や統一協会(統一教会)のマニュアルについては大きなスペースをさいて要部分を引用している。これは高裁・最高裁の裁判官がこの判決文を読むだけで十分統一協会(統一教会)の活動や組織の実情が判断できるようにするためとも考えられる。原告弁護団が莫大な労力を注いで文献や各証拠類を細かく分析して論じた努力が判決文に反映していると言えよう。
 以下の「抜すい」では、ページの関係上この引用部分の多くをカットした。
 判決はまず「第一、前提事実」として、確実に認定できる統一協会(統一教会)の組織実情や霊感商法の実態、原告20名の入教から棄教に至る経過、マインドコントロール問題についての内外の論文や資料、宗教社会学者の論稿などに言及している。「抜すい」ではそのほとんどを省略した。ただし、この章の統一協会(統一教会)の組織実情の部分だけでも十分資料価値がある。これまでの判例にはない詳細な認定がなされている。
第二章には、原告と被告双方の主張が整理して記述されているが、この章は全部カットした。
第三章が裁判所の事実認定及び判断部分である。ここでも裁判所は、北海道を中心に、統一協会(統一教会)の組織実態を詳細に認定している。
 まず、ブロック−地区傘下の組織は統一協会(統一教会)の「非公式の一部局であるかすくなくとも実質的な指揮監督下に置かれていたと推認」した。次に経済伝道活動の実態についての詳細な認定をする。献身者とくにマイクロ隊の生活は「奴隷か軍隊の生活に近いものといえる」とも言及している。判決のビデオセンター→ツーデイズ→ライフトレ→フォーデイズ(ないしファイブデイズ)→新生トレ→実践トレの各コースでの実態の認定がポイントのひとつでもあるので、ここはできる限り全文を掲載した。判決は、青年部と壮年・壮婦部に分けて「教育過程」の実情を認定している。
次に、各原告に対する統一協会(統一教会)の働きかけなどの事実経過を20名の全原告について詳しく認定しているが、ここではスペースの都合上、2人についての認定部分だけを掲載す る。
 以上の認定をふまえて、裁判所は「協会員の行為の違法性」の判断を下すのである。その評価は別稿による。

第一 前提事実
 
一 当事者 (略)
 
二 被告協会の創始者と教義
 (1) 創始者(略)
 (2) 教義(略)
 
三 統一運動と構成団体
 (1) 統一運動
 文鮮明の提唱する運動を総称して「統一運動」といい、その内容は、キリスト教会を一致させるための「統一原理」、諸宗教及び思想を一致させるための「統一思想」、共産主義を克服して神を中心とした世界を築くための「勝共理論」という三本の柱からなるとされる。
 (2) 構成団体
 統一運動を構成する団体は多数存在し、例えば、次のようなものがある。(本文は略し表題のみ)
 ア 宗教分野
 イ 思想・学術分野
 ウ 言論分野
 エ 政治分野
 オ 文化・芸術分野
 カ 国際ハイウェイプロジェクト
 キ 個人・家庭分野
 ク その他
 
四 その他の被告協会の関連団体
 (1) 全国大学連合原理研究会
 昭和三九年九月、文鮮明の提唱する統一原理を研究する団体として、全国大学連合原理研究会 (略称・J−CARP)が発足し、全国各大学の学内サークルとして設立された原理研究会が加盟している(乙ハ一四、乙ハ一七の一ないし四、乙ハ一八、一九)。
 (2) 天地正教
 天地正教は、昭和六二年一一月、北海道知事から認証を受けた宗教法人であり、当初の名称は 「天運教」であったが、その後現名称に変更された。天運教は、弥勒慈尊を本尊として、昭和三一年ころから活動していたが、その教主であった川瀬カヨは、昭和四七年ころから文鮮明を救世主、霊界の支配者として信奉するようになった(甲 三八五、乙ハ二二)。
 
五 被告協会の公式的な組織、活動及び運営
 (1) 組織
 被告協会の規則上の組織は、おおむね次のとおりであるが、時期により変遷がある。(略)
 ア 機関
 ア 責任役員会 (略)
 イ 代表役員 (略)
 ウ 地区長会議(現評議員会議) (略)
 エ 監事 (略)
 イ 本部各部局 (略)
 ウ 教区、教会
 各都道府県に数か所の布教所が置かれ、これを地区本部、教会又は伝道所と称する。礼拝、伝 道、信者に対する教育及びこれらの活動のための事務手続を行う末端の布教所である。平成九年当時、八六の教会があり、平成一三年二月現在その数は九三となっている。
 地域の代表的な教会をブロック本部と呼び、昭和五〇年当時、全国に一二あった。昭和六二年以降は教区が設けられ、平成九年当時五七教区となり、平成一三年二月現在七二教区となっている。 全国の教区・教会には、被告協会の職員である教区長又は教会長、総務部長及び会計の三役が置かれている。被告協会の役職員は、平成九年当 時、三八六名であり、平成一三年二月現在五七八名である。
 責任役員会において、年に数回程度、全国の教区長や教会長会議を行う日が決められ、各会議では、教区長又は教会長に対し、責任役員会で議決された事項について説明がされ、質疑応答がされる。
 エ 信者・協会員
 被告協会の規則三二条によれば、「信者」とは、被告協会備付けの信者名簿に登録されたものをいう(乙ハ六)が、一般に、宗教法人の信者たる地位の取得は、当該団体に対する希望者の申込みとこれに対する承諾によって成立し、名簿の登載は承諾の要件ではなく、承諾の意思表示があれば、名簿に登載されなくとも信者たる地位を取得するものと解される。以下、被告協会の教義を主観的に信仰し、被告協会において、その信者であることを認める者を単に「信者」といい、客観的・外形的に経済活動や伝道活動を行う信者を「協会員」ということとする。
 なお、信者は、被告協会内部において、韓国語で「家族」を意味する「食口」と呼称することがあり、米国では「ムーニー」と呼ばれることがある。
 被告協会における「献身」とは、「神の存在を認め、神の前に自分の罪を悔い改め、神の創造原理の完成のために、我が身のすべてを捧げることを決意すること」を意味し、自らの生活を教会建設に捧げた初期の献身的な信者を慣習的に「献身者」と呼んでいたが、献身制度を規則に定めたことはない。
 (2) 活動
 ア 伝道 (略)
 イ 教育 (略)
 ウ 礼拝及び儀式行事(略)
 (3) 運営(略)
 
六 協会員による経済活動と教育活動の概要
 (1) 経済活動
 ア 昭和三九年六月二九日、廃品回収等を業とする幸世物産株式会社(昭和四四年、「統一産業株式会社」に商号変更。なお、商号は言及する時期のものを表示する場合がある。以下同様。)が設立された。同社は、協会員が、自ら事業を行うことによって得た給与から伝道費用を捻出するために設立したものである。
 昭和四六年五月二五日、高麗人参茶及び高麗大理石壺の販売等を業とする幸世商事株式会社(昭和五三年三月、「世界のしあわせ株式会社」に、同年一一月、「株式会社ハッピーワールド」にそれぞれ商号変更。)が設立された。設立当初の代表取締役は増田勝であり、昭和四七年一二月、古田元男が代表取締役に就任し、昭和六〇年一月、小柳定夫が代表取締役副社長に就任した。増田勝、古田元男及び小柳定夫は、いずれも被告協会の草創期の信者である。被告協会は、同社に対し資金を貸し付けたことがあり、その貸付けは昭和五二年まで存在した。(中略)
 イ 株式会社ハッピーワールドは、韓国の株式会社一和から輸入する高麗人参(茶、後に濃縮茶)をはじめ、様々な商品(水産物、酸化チタニウム、食品、医薬品等)を輸入し、これら商品は、各販社から特約店を通して委託販売員によって販売された。(中略)
 (2) 教育活動
 ア 昭和五四年ころから、協会員において、統一原理を分かりやすく説明するワンデイ、ツーデイ、フォーデイ等のゼミナールが開かれるようになった。その動きは次第に拡大し、ビデオルームやビデオセンターが設置され、一般教養的なビデオや統一原理に関するビデオを見せたり、教育のためのセミナーやトレーニングが整備されていった。ビデオルームやビデオセンターに通うようになった人々はゲストと呼ばれた。(中略)
 
七 上記六の活動をめぐる従前の経過
 (1) 被告協会の機関誌における記載
 本項に掲げる各証拠及び弁論の全趣旨によれば、「成約の鐘」(その後「聖徒」に改題)、「祝福」、「ファミリー」と題する冊子はいずれも被告協会の機関誌であり、その中で「みことば」「み言」「御言」「み旨」とされる文章はいずれも文鮮明の説教を、「子女様」とは文鮮明の子息の説教をそれぞれ収録したものであると認められる。
 ア 昭和四六年
 「成約の鐘」の昭和四六年一〇月号(甲A四八)には、「幸世商事石材部人参茶東京店キャプテン若山鈴江」の「困難な道も希望」と題する文章が掲載されており、その中には、「今年の五月、第二事業部が正式に幸世商事株式会社としてその第一歩を踏み出した。」、「多くの兄弟姉妹がフラワー部から人参茶部へ異動した。」などの記載がある。また、同号の「渡辺雄」の編集後記として、「お願いしたいのは、くれぐれも成約の鐘をサタンに渡さないように。置き忘れたりするのはイエスをサタンに引き渡したユダと同じです。」との記載がある。
 イ 昭和四九年
 「成約の鐘」の昭和四九年二月号(甲A一)には、「広報委員長阿部正寿」の「教会の活動方 針」と題する文章が掲載されており、その中には、(略)などの記載がある。
 「成約の鐘」の昭和四九年三月号(甲A四九)には、「マナ路程を歩む」と題した項目があり、そのうち、(略)
 「聖徒」の昭和四九年七月号(甲A五一)には、「熊谷教会長出口知夫」の「兄弟の一体化が霊界を動かして」と題する文章が掲載されてお り、(略)
 「聖徒」の昭和四九年八月号(甲A五二)には、「神戸教会 福島郁江」の「アベルに生かされた喜びが原動力となって―一月一人伝道を勝 利―」と題する文章が掲載されており、その中には、(略)などの記載がある。
 「祝福」の昭和四九年冬季号(甲A二)には、(中略)などの記載がある。
 ウ 昭和五二年
 「ファミリー」の昭和五二年七月号(甲A三)には、「新体制における全国教会長人事」と題して、各教区長・教会長の氏名が掲載されている。(略)
 (2) 茨木事件(略)
 (3) 神戸事件
 昭和四七年一二月八日、外国為替及び外国貿易管理法違反により、被告協会の責任役員である石井光治、幸世商事株式会社の取締役である藤本三雄及び同社の代表取締役である増田勝らが起訴された。
 石井光治は、昭和四九年一一月二八日の公判において、当時の被告協会の組織が別紙二の第一表のとおりであり、被告協会の資金流通ルートが同第二表のとおりであること、当時の勝共連合の組織が同第三表のとおりであること、教会員による事業については同第四表のとおりであること、同第五表のとおり、勝共連合が、共産主義に批判的な熱狂グループから資金の援助を受けていたことを供述した(甲四六)。(略)
 (4) フレーザー報告
 昭和五二年二月から、韓国中央情報部(KCIA)の対米議会工作問題が米国議会において取り上げられるようになり(いわゆるコリア・ゲー ト)、日本のマスコミにも連日報道された。文鮮明と米国統一教会の調査を主要目的とするドナルド・M・フレーザー下院議員が委員長を務める下院国際機関小委員会(フレーザー委員長)は、昭和五三年三月、「韓国の対米関係に関する調査」と題する報告書(フレーザー報告)を発表した。同報告書は、結論として、文鮮明が主宰する統一教会その他多数の宗教・非宗教団体が実質的に一つの国際組織を形成していること、文鮮明組織の目標の中には、文鮮明とその信者によって統合される世界政府の樹立が含まれていることなどを述べている。米国統一協会(統一教会)は、フレーザーらに対し、損害賠償訴訟を提起した。(甲二二、乙ハ 八、乙ハ三〇)
 (5) 原理運動への批判と擁護
 我が国では、昭和四〇年代ころから、一般の新聞が「親泣かせの原理運動」といった見出しで被告協会を報ずるようになった(甲一八、甲二四、証人浅見定雄)。
 昭和四一年一月三〇日発行の「人間を変える―洗脳のメカニズム」と題する書籍(大熊輝雄著、株式会社築摩書房発行、乙ハ六一)があり、同書には、(略)
 国士館大学教養部専任講師(後に助教授)である塩谷政憲は、「続・現代社会の実証的研究―東京教育大学社会学教室最終論文集―」(昭和五二年三月発行)に「原理研究会の修練会について」と題する論文(乙ハ一九三)を寄稿している。同論文には、(略)
 昭和五三年、原理運動による社会的なトラブルが多発したことから、市川房枝らの呼びかけにより、「原理運動を憂慮する会」が発足し、浅見定雄らが参加した(証人浅見定雄)。
 昭和五三年一〇月一日発行の被告協会出版局による「日本共産党の宗教迫害」と題する冊子(乙ハ三〇)がある。同冊子には、「文鮮明が血分けと称して混淫していた」とか「統一教会がKCIAによる政治的謀略組織である」といった宣伝は全くの事実無根であり、日本共産党の宗教弾圧政策のはしりであるなどの記載がある。
 「社会精神医学三巻一号」(昭和五五年三月発行)に寄稿された平山正実(自治医科大学精神医学教室)の「いわゆる原理運動に関する精神科臨床―事例を中心として―」と題する論文(甲三 〇)がある。同論文の内容は、おおむね次のとおりである。(略)
 昭和五六年六月二〇日発行の「原理運動を憂慮する―これだけは知っておこう!原理=統一協会(統一教会)=勝共連合の実態」と題するパンフレット(原理運動を憂慮する会編・発行、甲二二)がある。同パンフレットは、(略)
 (6) 世界日報事件と副島手記
 (略)
 (7) いわゆる霊感商法問題
 ア いわゆる霊感商法の社会問題化
 昭和五三、五四年ころから、協会員から、先祖の霊が苦しんでいるとか、先祖の因縁を説かれ、高価な印鑑、壺、多宝塔等を購入した多くの者が、国民生活センターや各地の消費生活センターに苦情を寄せるようになった。こうした手法は、一般には「霊感商法」と呼ばれるようになったが、古田元男によれば、「霊感商法」という言葉は、日本共産党の「赤旗」が悪意を持って付けたものであり、経済企画庁は開運商法と呼んでいた、という。
 (甲一七、甲A一三、乙ハ二五、弁論の全趣旨)
 イ 青森事件
 ウ いわゆる霊感商法を批判する報道と被告協会らの対応
 「朝日ジャーナル」の昭和六一年一二月五日号に「全国調査・霊感商法の巨大な被害」(甲二の一)、同月二六日号に「「霊感商法」のあくなく食欲」(甲二の二)、昭和六二年一月三〇日号に「霊感商法第三弾・水子が畳を這い回る「悪霊」恐喝の背後捜査書」(甲三の一)と題する記事が掲載された。
 被告協会は、昭和六二年二月二六日、東京都庁総務局行政部指導課を訪れ、被告協会が霊感商法等の事業を行っていない旨を説明した。(略)
 エ 日本弁護士連合会の意見書
 (ア) 意見書その一
 日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)は、昭和六二年七月付けで、「霊感商法被害実態とその対策について」と題する意見書(甲一七、甲A一二)を公表した。同意見書には、(略)
 (イ) 意見書その二
 日弁連は、昭和六三年三月付けで、「霊感商法被害実態とその対策について(その二)」と題する意見書(甲A一三)を公表した。同意見書には、(略)
 オ 民事事件
 昭和六二年、株式会社ハッピーワールド等に対し、いわゆる霊感商法による損害の賠償を求める訴訟が提起され(東京地方裁判所昭和六二年(ワ)第六二三五号、同八六四五号、同一四八八九号、昭和六三年(ワ)第一三〇二三号、同一六七九五号事件)、平成元年一月一八日、被告側が被害実額の一定額を支払う内容の和解が成立した(甲A四五)。
 また、昭和六三年、被告協会に対し、霊感商法による損害の賠償を求める訴訟が提起され(東京地方裁判所昭和六三年(ワ)第五六六六号)、平成二年五月二一日、被告協会において、1.合計約八三〇〇万円を支払うこと、2.被告協会の信者が行き過ぎた商行為に関与したとの疑惑を受けたので、今後このようなことのないよう指導に努めるものとすることなどを内容とする和解が成立した(甲A四六)。(中略)
 平成元年九月一八日発行に係る「証言記録1.告発統一協会(統一教会)・霊感商法と題する冊子(霊感商法被害者救済担当弁護士連絡会編、晩稲社発行、甲五八)及び平成三年一月二五日発行の「証言記録2.告発統一協会(統一教会)・霊感商法」と題する冊子(霊感商法被害者救済担当弁護士連絡会編、晩稲社発行、甲五九)には、同各訴訟における浅井道子、野本晶子、加藤裕子及び田口みのりの各証言内容が収録されている。
カ 岩見沢の帳簿にみられる協会員の経済活動に関する記載
 協会員であるD・Kは、その意に反して、同じく協会員である妻が祝福の感謝献金をしたことを知って憤激し、平成五年六月一六日、北海道岩見沢市付近の協会員が活動する会館「アイカム」に赴き、協会員から帳簿等の交付を受けた。その中には、(略)
 キ 「霊感商法」問題取材班の書籍による協会員の反論
 平成八年八月一六日発行の「誰もここまでは迫れなかった「霊感商法」の真相」と題する書籍 (「霊感商法」問題取材班著、株式会社世界日報社発行、乙ハ二五)がある。同書には、(略)
 ク 天地正教についての櫻井論文
 平成一〇年九月三〇日発行の「宗教研究」三一七号所収の櫻井義秀の「新宗教教団の形成と地域社会との葛藤」と題する論文(甲三八五)には、次のような記載がある。(略)
 ケ 洪蘭淑の述懐
 平成一〇年発行の「In the Shadow of the
Moons-My Life in the Reverend Sun Myung's
Family」(邦題「わが父文鮮明の正体」、洪蘭淑著、株式会社文藝春秋発行、甲三四二)には、次のような記載がある。「統一教会はキャッシュ・ビジネスである。私は日本人の教会幹部が、定期的に現金の詰まった紙袋をもって「イースト・ガーデン」に到着するのを見た。その金を文師は懐に入れるか、あるいは朝食の食卓で、教会所有のさまざまな企業の重役たちに配った。日本人はアメリカにキャッシュを持ち込むのになんの問題もなかった。(略)
 (8) いわゆる洗脳、マインドコントロール問題 ア バーカーの追跡調査(略)
 イ 塩谷政憲の見解(略)
 ウ 川崎経子、森山諭、浅見定雄の著作(略) エ ビアマンズ、クリサイデスの著作(略)
 オ 米国の関連事件
 ア モルコ、リール対統一教会事件(略)
 イ 米国対フィッシュマン事件(略)
 カ 日弁連の判断基準への批判(略)
 
八 原告らの入教から棄教に至る経過の概略 (略)
 
九 催眠について
 (1) 池見酉次郎(略)
 (2) 斎藤稔正(略)
一〇 社会心理学的知見
 (1) フェスティンガーの認知的不協和の理論(略)
 (2) ミルグラムの権威への服従に関する実験(略)
 (3) チャルディーニの「影響力」の分析(略)
 (4) 「マインドコントロール」をめぐる議論
 ア スティーヴン・ハッサン(略)
 イ キース・A・ロバーツ(略)
 ウ リチャード・ケベドー(略)
 エ 西田公昭(略)
 オ 島薗進 (略)
 カ 島田裕巳 (略)
 キ 増田善彦 (略)
 ク 櫻井義秀 (略)
 ケ 渡邉学 (略)


第三章 判断
第一 争点一(違法行為の有無)について
 
一 協会員によって構成される組織とその活動の概要
 (1) 被告協会の公式的な組織とその活動等
 ア 教区、教会
 前認定のとおり、被告協会の公式的な組織として、各都道府県に数か所の布教所が置かれ、これが地区本部、教会又は伝道所と称され、地域の代表的な教会はブロック本部と称されていたが、昭和五九年から公認教会制度ができ、公認された教会(公認教会)が被告協会の組織として制度化された。教会が公認されるための要件は、@所属する信者が約一〇〇人以上であること、A礼拝堂があること、B教会長・総務・会計の三役があることなどである。そして、昭和六二年以降、教区が設けられた。被告協会の正規の職員は、責任役員等の幹部のほか上記三役に限られるが、協会員 は、被告協会の信者として、被告協会の教義の宣布、儀式の執行等の宗教活動の客体となり、その護持の主体ともなるという意味において、被告協会の構成員となっている。岡村信男によれば、平成一〇年当時の協会員数は五二万人であり、被告協会の職員は四一〇人であるという。(中略)
 イ 開拓教会
 公認教会制度の発足後、公認教会以外の教会は準教会ないし開拓教会と称され、公認教会を目指して準備するものとして位置づけられた。例え ば、白石教会、岩見沢教会、苫小牧教会などは開拓教会であった(証人岡村信男、証人H・H、証人S・K)。開拓教会は、対外的に被告協会の教会を名乗り、その責任者は教会長を名乗っていた(甲A四二の一、甲三〇七、乙ハ九五、証人H・H)。開拓教会の責任者(教会長)が被告協会の正規の職員であったか否かは判然としないが(証人岡村信男はこれを否定するが、平成五年秋から開拓教会である白石教会長であった証人H・Hはこれを肯定する。また、証人S・Kは、同人が、被告協会主催の平成五年一二月の全国牧会者修練会終了時において、被告協会から正式に苫小牧教会の教会長の任命を受け、その時点において、開拓教会であった苫小牧教会が正式な教会となったと証言する。)、開拓教会は、少なくとも被告協会の組織の末端に近いものであり、その公式的な組織に含まれるか否かの境界線上に位置する。
 なお、平成五年六月一六日、D・Kが協会員から取得した組織図、帳簿等は、岩見沢教会の内部資料として作成されたものであると推認されるところ(甲A四二の一、甲四四五、乙ハ二四の三、証人岡村信男)、組織図において教会長とされた佐藤三佳は、平成五年七月まで有限会社フレッシュライフ(平成五年一月四日設立)の代表取締役であり(甲四四〇、甲A四二の一、甲二八九)、前記のとおり、上記帳簿等には、献金額ととも に、高麗人参茶、男女美化粧品、遠赤外線サウナ(アセデール)、チケット等の売上げ等が一体として記載されている。
 ウ 協会員の公式的活動 (略)
 エ 献金について (略)
 (2) 販社、特約店等と協会員の活動
 ア 北海道における販社、特約店等(略)
 イ 北海道における他の関係会社、店舗(略)
 ウ 上記販社等と協会員の関係
 前記前提事実、後記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、上記販社、特約店、委託販売員の少なくとも大半は協会員によって構成されており、また、株式会社北翔クレインを主催者とする展示会や店舗等の売上げの大半は、協会員又はその動員に係る親族や友人によるものであることが認められる。
 (3) 被告協会の公式的組織・活動以外の協会員  等の組織・活動とその帰属
 ア 協会員によって構成される部署、組織等
 (ア) 札幌地区
 札幌周辺には、札幌地区(ないし札幌北地区・札幌南地区・札幌西地区・札幌東地区)と称される部署があり、地区の下には、青年支部と壮年・壮婦部があり、その下におおむね次のような部署があった。
 a 青年支部
 昭和六一年当時の青年支部の責任者は原田裕司であった。
 (a) 青年部ないし勤労青年部
 青年部(ないし勤労青年部)は、実践トレーニングまでのセミナーやトレーニングを終了した勤労青年や学生で構成される。昭和六一年ころの青年部長は佐々木一成であった。青年部の事務所 は、札幌市北区北二六条西二丁目の「サークルプラザΣ(シグマ)」にあった。平成三年九月ころの青年部の構成員の共同生活の場(これを「ホーム」という。)は愛花荘であった。青年部の構成員は、アンケート活動でビデオセンターを紹介したり、展示会に動員したり、「一円友の会」と称して、IRFFなる団体への募金活動を行った。毎月ビデオセンターに誘う人数や展示会の売上げの目標が掲げられ、月初めに「出発決断式」が行われた。構成員たる協会員は、目標の達成を祈念して、三日断食、四〇分祈祷、水行等を行うことがあった(なお、被告協会において、目標達成のため何らかの犠牲的行為をなすことを「条件を立てる」と称する。)。
 (b) 学生部
 学生部は、学生部長とこれを補佐する立場であるチームマザー、台所担当者を除き、全員学生によって構成される。平成元年八月一日ころに作成されたと認められる「チームマザーテキスト」と題する文書(甲一四八)がある。(中略)学生部の構成員は、夕方からアンケート活動でビデオセンターを紹介し、夏休みや冬休みには、改造ワゴン車に乗って、勝共カンパと称して、各地でカンパを集めたりした。また、協会員は、日曜日に は、朝5時くらいに起き、文鮮明の写真を飾り、三拝敬礼式をし、「ナエメンセ(私の誓い)」 を朗読し、四〇分祈祷し、その後日曜礼拝に赴いた。
 (c) 教育部
 教育部は、ビデオセンターから新生トレーニングまでの教育過程を担当する。教育部の事務所 は、札幌市北区北一三条西四丁目の「ニューホープセンター」にあった。ニューホープセンター は、昭和六二年ころ教育部長であった佐藤雅彦が非信者から賃借していた。昭和六三年ころの教育部長は土館仁であった。
 (d) 伝道機動隊
 伝道機動隊は、北地区と南地区に二隊あった。伝道機動隊のホームは札幌市東区北一〇条東二丁目の青雲寮にあった。平成二年一月から同年一一月までの札幌南地区の伝道機動隊の隊長はH・Hであった。構成員は、ホームに寝泊まりし、主にビデオセンター紹介のアンケート活動を行い、その他珍味販売、ドリンク販売、各種展示会への動員を行っていた。伝道機動隊では、「伝道」と 「経済」についての目標を記載した「戦略書」 (甲一七三)が作成されていた。
 (e) マイクロ隊
 マイクロ隊は、平成五年ないし平成六年当時、約八班あり、一班七、八人であった。マイクロ隊の隊長は、札幌市手稲区曙の「J.ノースガーデン」に常駐していた。マイクロ隊の構成員は、 「野の花会」なるボランティア団体名義の領収書を所持し、売上げの目標を定めて、バンのような車に乗って北海道や青森県、秋田県の各地を回 り、珍味、靴下、ハンカチ等を売る活動を行っていた。
 (f) (青年)新規隊
 鑑定チケット等を訪問販売する部署である。
 b 壮年・壮婦部
 伝道部、教育部、サークル会の下に、ビデオセンター、保育、男女美、定着部、教育新規隊などと呼ばれる部署があり、後に健康部という部署も設けられた。
 c その他の施設等
 札幌地区には、鑑定所として、札幌市北区北二七条の奥村宅があり、昭和六三年春ころからは、札幌市北区北二三条西五丁目フラワービル四階の「羅針盤」があった。また、ビデオセンターと して、札幌市北区北三〇条西六丁目の「ポプラ 会」、札幌市北区北一一条西四丁目の「エーデルワイス」(旧名称・教育総合文化センター、平成四年ころ「地球村」に改称。)があった。札幌南地区には、ビデオセンターとして、札幌市中央区南二条西二丁目NSビルの「You&I」(旧名称・総合教育文化センター。その後「EIS」に改称。その内部の写真が甲八八の一ないし四である。)があった。札幌西地区には、鑑定所兼ビデオセンターとして札幌市西区琴似一条三丁目明治生命ビルの「フローラ」があった。一つのビデオセンター当たり月五〇〇万円から八〇〇万円の維持経費を要した。
 札幌市西区二十四軒に「札幌文化センター」 (通称「西文化センター」)があり、その二階には「成和カルチャーセンター」という部屋があった。札幌市白石区菊水三条三丁目沢田ビルには 「アカデミーセンター」があった。札幌市白石区本通一丁目雄健ビルには「白石文化センター」があり、平成五年秋ころ、同所が白石教会となっ た。同施設の当時の賃料は月約一〇〇万円であった。平成元年七月ころから、札幌市北区北二五条西二丁目に「北文化センター」が設置された。
 (イ) 北海道ブロック (略)
 (ウ) 中央本部
 北海道ブロックを含めた全国の各ブロックは、昭和五七年八月ころから平成四年ころまでの間、東京都渋谷区にあった中央本部の指示・調整を受けていた(証人Z、証人H・H)。中央本部に は、本部長のほか、副本部長、経済担当部長、 伝道担当部長、総務担当部長というスタッフがおり、その他、心霊巡回師室、会計巡回師室と呼ばれる部署もあった。古田元男は、中央本部の当初の本部長に就任し、これを辞任した後も、本部長より上の立場(責任者)にあり、コマンダーと呼ばれた。小柳定夫はその補佐役を務めていた。
 中央本部においては、月一回ブロック長会議が開かれた。ブロック長会議においては、各ブロックの販売やコース決定数の実績の報告がされ、実績が上がらなかったブロックに対しては、古田元男から叱咤激励がされた。中央本部は、文鮮明の名の下に売上げやコース決定数の目標を示していた。例えば、昭和六一年後半期において、古田元男及び小柳定夫は、各ブロック全体の売上げ(献金を含まない。)の目標を月一〇〇億円と定め、これを各ブロック長に示した。この目標は「TV(注・「トータル・ビクトリー」を意味する。)一〇〇」と呼ばれ、同年七月ころ、西東京ブロックのブロック長であった堀井宏祐は、信者らに対し、「TV一〇〇」が文鮮明の指示によるものであり、命がけで取り組んで達成すべきである旨を話した。この目標は、同年一二月、達成された。 (乙ハ二三、乙ハ二四の一、二、乙ハ二七、乙ハ二八の一ないし三、証人小柳定夫)
 イ 中央本部及び各ブロック以下の組織と被告  協会との関係
 (ア) 独立の団体たる連絡協議会の有無
 a 被告協会は、中央本部及び各ブロック以下の組織が、昭和五七年八月ころから平成四年ころまで存在した協会員の任意団体である連絡協議会に帰属し、被告協会とは全く関係がない旨主張する。小柳定夫及びZ作成に係る組織図(別紙四、五)は、これを前提とするものである。
 確かに、昭和五六年ころ、全国各地において、しあわせグループの販社ないし特約店を主体とする「しあわせ会」という団体が存在し、古田元男が中心となって、これを全国的に組織化したことが認められる。
 b しかしながら、連絡協議会が存在した当時において当然作成されていてしかるべき代表者の選任、意思決定の方法、財産管理等の組織についての定めや収支を示す資料は一切提出されていない。中央本部において、連絡協議会を示す看板等が設置されたことはなく(証人小柳定夫)、昭和五七年八月ころから平成四年ころまでの間の時点において作成された連絡協議会の存在を対外的に示す資料も一切提出されていない。被告協会の主張によれば、いわゆる霊感商法問題について、被告協会が調査を依頼したのは、株式会社ハッピーワールドであり、当時具体的な販売活動に携わっていたはずの連絡協議会ではない。前認定のとおり、昭和六二年五月一日付けで上記調査依頼に対する回答をしたのは株式会社ハッピーワールドであり、そこには、連絡協議会の存在を示す記載はない(乙ハ二〇四の一)。そもそも、信者らの任意団体たる連絡協議会の存在が訴訟上主張され始めたのは、いわゆる霊感商法問題について最初に民事訴訟が提起された昭和六二年から七年を経過した後のことである(乙ハ二四の三)。
 また、協会員らは、ブロックが中央本部の下にあり、中央本部を統括する責任者が古田元男であることを認識していたが、「連絡協議会」という名称を知らなかった。(中略)被告協会が主催する二一修についても、任意団体が主催するものである旨証言する協会員(証人S・R、証人A・ A)がいることに示されるように、信者らにおいては、教育部において行われていたツーデイズ、ライフトレーニング、フォーデイズ、新生トレーニング、実践トレーニングと、被告協会が主催する二一修とでは主催者が異なるとの認識は希薄であったように思われる。
 そして、いわゆる信者団体と被告協会との間に様々なあつれきがあったとの証言(証人小柳定 夫)を裏付ける具体的な証拠はないし、連絡協議会が消滅したという平成四年ころ前後において、ブロック以下の部署や活動内容に何らかの変化があったことも見受けられない。
 c 以上によれば、被告協会と区別された独立の団体としての連絡協議会の存在自体、極めて疑わしいといわざるを得ない。
 (イ) 被告協会への帰属の有無
 上記のとおり、中央本部以下の組織の構成員 は、少なくともその大半が、協会員又は被告協会の教義を学ぶ者であり、被告協会の構成員又はその予備群にほかならない。そして、中央本部以下の組織がそれ自体独立の団体であったことは極めて疑わしいのであるから、これが被告協会自体に属するとの原告らの主張には相当の合理性が認められる。しかしながら、被告協会はこれを否定するので、以下この点につき検討する。
 a まず、被告協会の上記主張や前記・後記認定事実に照らして、少なくとも、中央本部及び各ブロック以下の部署が、株式会社ハッピーワールド以下のしあわせグループと呼ばれる企業群に属しないことは明らかである。
 b 次に、協会員らは、経済活動と被告協会の本来的事務に属する伝道活動とを分け隔てなく行っており、それが異なる主体に属する活動であるとの観念を有していたとは認め難く、かえって、ブロック以下の部署における活動がすべて被告協会の活動であると認識していたと認められる(証人K・Y、証人H・Y、証人N・M及び原告ら全員)。少なくとも昭和五八年ころまでは、被告協会の公式的な組織としての布教所が地区本部とも称され、地域の代表的な教会がブロック本部と呼ばれていたこと、中央本部がいずれの団体に属するのかが対外的に何ら表示されていなかったこ と、ブロック以下の部署の活動を担う者の少なくとも大半が協会員であり、しかも、その活動に専従することは「献身」と呼ばれており、その活動内容が被告協会の教義に密接に関連することなどからすると、協会員らが、その組織が被告協会に帰属すると考えることはごく自然であり、それにもかかわらず、ブロック以下の部署が任意団体に属すると認識していた旨の協会員の証言は、不自然であって信用できない。
 c 前認定のとおり、副島嘉和の手記(甲四、甲A一一)には、協会員が資金カンパ、歳末助け合い募金、印鑑、大理石壺、多宝塔の販売等を行うようになったのは、昭和五五年の文鮮明の経済局設置命令により、被告協会が経済第一主義に変質したからである旨の記載がある。被告協会は、その内容が信用できない旨主張するが、前認定のとおり、「祝福」の昭和四九年冬季号(甲A二)によれば、副島嘉和は、古田元男、増田勝、小柳定夫らと同じく昭和四五年一〇月二一日に七七七組の祝福を受けた者の一人であることがうかがわれ、かつ、同手記の内容に照らして、被告協会の内部事情に相当通じていたことは明らかであっ て、その信用性は一概に否定できない。そして、前認定のとおり、被告協会の副会長である小山田秀生が、「ファミリー」の昭和五七年一〇月号 (甲A八)において、「今までキリスト教は、長い間十分の一献金という発想をしてきました。自分の中の十分の一を神に帰すというのです。しかし今はもう、そういう悠長なことをやっていられないのです。今では百パーセント神に帰さなければならないのです。その内容は何かというと、結局宗教の精神を示すために経済を通してやるという道なのです。」などという文章を寄稿していること、昭和六一年六月一四日、東京大学原理研究会の責任者であった(その後東京ブロックのブロック長でもあった)徳野英治が、「被告協会の経済部門」とか、「被告協会の事業部」とか、「被告協会の事業体」などと発言したことがある(乙ハ一六)ことなどは、副島嘉和の手記の内容に沿うものであり、これらの事実は、被告協会に経済事業を担当する部門の存在をうかがわせる。
 d 被告協会は、被告協会に属する事業部門の存在を否定するが、被告協会において当然作成されたはずである昭和五五年ころ以降の時点における責任役員会の議事録、被告協会の組織図等の 内部資料は全く提出されていない。前認定のとおり、「成約の鐘」の昭和四六年一〇月号(甲A四八)には、「お願いしたいのは、くれぐれも成約の鐘をサタンに渡さないように。置き忘れたりするのはイエスをサタンに引き渡したユダと同じです。」との記載があったことや、青森事件に関して押収された「クレーム対策委員会」と題する書面(甲A一四の三)には、証拠を残さないように注意すべき旨が記載されていたことなど、被告協会の閉鎖性を物語る事実があることに照らして、中央本部と被告協会との関連性を示す内部資料が秘匿されている疑いも払拭できない。
 e もともと、被告協会において、しあわせグループと被告協会とを同一視する時期があったことは被告協会の自認するところである。また、被告協会は、東京都に対し、昭和五二年ころ、法人の収益事業として正式に人参茶販売を許可してもらえないかと相談し、その規模が大きすぎるなどの理由で許可しない旨の指導を受け、また、ビデオ受講施設を法人として行えないかと相談し、昭和五七年一〇月末、東京都総務局行政部指導課から、ビデオ受講時に受講者から料金を徴収することが収益事業とみなされ、教会は規則にないものを行ってはならないとの注意を受けたことがある(証人岡村信男)。そうすると、東京都からこうした指導・注意を受けなければ、上記活動は被告協会の公式的な活動となっていたであろうことが推測される。
 f 古田元男及び小柳定夫が各ブロック全体の売上げ等の目標を月一〇〇億円と定めたのは、 「統一運動その他もろもろの行事という中で我々自身が考えていったときに、経済規模を拡大していかないと、個々の信者さんが献金されるボリュームというのを考えてみたら今の経済規模では到底追いつかない。で、我々自身の連絡協議会のトータルボリュームを大きくしないことにはそれだけの目標に到達しないということを計算」したことによる(乙ハ二四の一)。前認定のとおり、ブロック以下の部署における活動内容は、統一運動を支援する目的の下になされているだけではな く、宗教活動にわたるものも含まれる。被告協会自身による公式の伝道活動については、関係者の供述以外にその具体的な規模や態様を認め得る資料に乏しく、他方、ブロック以下の部署においては、信者獲得のための伝道活動が不断に行われ、その中で行われる二一修は被告協会が主催するものであるし、もとより被告協会への入会に際しては被告協会の場が用いられており、被告協会宛の献金も活発にされている事情がある。こうした協会員の活動を、統一運動の宗教分野の中心に位置する被告協会が関わりを持っていなかったなどとは到底考え難い。
 g 前認定のとおり、古田元男及び小柳定夫 は、被告協会の草創期の信者であり、古田元男 は、「ファミリー」の昭和五三年一月号(甲A 四)に被告協会の「局長」の肩書きを付したあいさつ文を寄せるなどしたことがある。証人岡村信男は、古田元男が被告協会の局長になったことはないというが、同時に、「被告協会のいわゆる本部スタッフのまとめ役、責任者ということで局長というのが使われていた時期もある。」旨証言しており、当時、古田元男は、被告協会の本部スタッフのまとめ役ないし責任者たる立場にあったことをうかがわせる。また、小柳定夫は、昭和六一年六月四日、韓国の文鮮明の許に赴いた被告協会幹部四〇人の一人であって、韓国統一教会の機関誌「史報」には四〇人の中でも六番目に名前が記載されている(なお、一番目に久保木修己が、 三番目に小山田秀生が記載されている。乙ハ二四の三)。これらの事実に照らし、古田元男及び小柳定夫が被告協会の公式的な役職に就任していたか否かはさておき、被告協会内部において、実質的に多大な影響力を有していたことが明らかである。
 h 前記岩見沢教会の帳簿等に照らし、被告協会の公式的な組織の末端に近い開拓教会では、献金とともに、本来各販売店ないし委託販売員においてなされるべき商品の売り上げ等の記録が一体としてなされており、販売店やビデオセンターへの人員の配置についても、開拓教会において統一的に把握されていたことが認められる。これを歴史的にみても、前認定のとおり、「祝福」の昭和四九年冬季号(甲A二)には、任地と責任分担の表において、株式会社ハッピーワールドや「学生部」、地域の「団長」等、国内外の配属先が一体として記載されており、このことは、被告協会 が、友好団体、販社、地域のまとめ役等を含めた協会員の人事全般を統括していたことをうかがわせる。公認教会制度の発足後も、被告協会の正規の職員とそれ以外の協会員の人事交流は存続しており(例えば、岡村信男は、原理研究会のスタッフから被告協会の総務部長となった(乙ハ八)。徳野英治は、原理研究会のスタッフや各地のブロック長を経て被告協会の杉並教会長となり、その後全国大学連合原理研究会副会長となった(乙ハ一四、乙ハ一六)。H・Hは、青年部や教育部の活動を経て、被告協会の白石教会長となり、その後有限会社愛ワールドに入社し、取締役となった(乙ハ九五)。S・Kは、学生部や青年部の活動を経て被告協会の苫小牧教会長、室蘭教会長となった(乙ハ一四三)。)、このことは、被告協会は、ブロック以下の部署における各協会員の活動内容を不断に把握し続けていることを物語る。
 (ウ) 小括
 以上によれば、中央本部及び各ブロック以下の部署については、その存在自体極めて疑わしい連絡協議会なる独立の任意団体であったと解することはできず、その名称が副島嘉和のいう「経済 局」であるか否かはさておき、被告協会の公式的な一部門に属していたか、あるいは、被告協会の本来の事業である伝道活動をその協会員が組織的継続的に行ってきたものである以上は、少なくとも、その活動が、被告協会のものとして明示的又は黙示的に許容され、その実質的な指揮監督下に置かれていたと推認するのが自然であり、合理的である。

二 協会員の経済・伝道活動
 (1) 協会員の経済的活動
 ア 協会員の経済的活動の内容と変遷
 (ア) 高麗人参茶の販売
 前認定の被告協会の機関誌の記載及び証人小柳定夫によれば、協会員は、昭和四六年ころから、高麗人参茶をマナと称して精力的に販売していたこと、その際、協会員は、1.戸をこじ開けて入 り、笑顔をつくって「寒いからこたつに入らせ て」と言い、家の中で話してゆくうちに一ケースを売ったり、2.いつも一個ずつ購入する顧客に対し、靴を脱いで上がり込み、肩をもみながら世間話をし、話の中に石油不足やインフレーションの事を意識的にとり入れ、商品が値上がりするようなムードを漂わせるようにして三ケースを売るといった強引な販売方法を採ることがあったことが認められる。
 (イ) 壺、多宝塔、印鑑等の販売
 前認定の被告協会の機関誌の記載及び証拠(乙ハ九七、乙ハ一四七、乙ハ一五五、乙ハ一七四、乙ハ二〇六、証人M・M、証人M・K、証人N・M、証人M・I、証人O・T、証人K・S)によれば、協会員は、昭和四九年ころから昭和六二年ころまでの間、大理石壺、多宝塔、印鑑等を販売していたことが認められる。なお、印鑑については、特約店が独自に仕入れを起こしていたという(証人小柳定夫)。その販売方法は、次のとおりである。
 a いわゆるヨハネトーク(略)
 b いわゆる印鑑トーク(略)
 (ウ) ビデオ講義や各種トレーニングの受講料の  収受
 昭和五七年ころから、各地に統一原理に関するビデオを見せるビデオセンターが設置されるようになり、青年部ないし勤労青年部、学生部、伝道機動隊に属する協会員は、友人関係を利用した り、路傍でアンケートを取ることをきっかけとして、青年をビデオセンターに勧誘し、ビデオ講義や各種トレーニングを受講することを決定した者から受講料を収受していた。
 青年に対するアンケートの種類は様々であり、「A.関心のあるものに○をつけて下さい。健康・占い・仕事・世界情勢・ボランティア・人間関係・宗教・霊界・芸術・ファッション・スポーツ・恋愛・結婚・自己啓発・その他、B.社会の為に何か協力したいと思いますか? C.自分の 自由な時間に何をしていますか? D.自分の個性、可能性を何%発揮していますか? E.自分を向上させたいと思いますか? F.親子の仲は良いですか? G.あなたにとって一番大切なものは何ですか?地位・名誉・財産・友人・愛・家庭・親 H.人間の本質は善だと思いますか、悪だと思いますか? I.人生の勝利者になりたいと思いますか?」などの質問項目があり、住所氏名、勤務先や学校名を記載する欄があるものや、上記の各事項に加えて、出身地や血液型や、「将来のために貯金をしていますか?。Yesの方 は貯金額はいくらですか。a.五〇〇万以上  b.三〇〇〜五〇〇万 c.三〇〇〜二〇〇万 d.二〇〇〜一〇〇万 e.一〇〇万以下」という資産を直截に尋ねる形式のものもある(甲七 〇、甲七一、証人K・Y)。勧誘方法は、次のようなものであった。
 a み言葉トーク
 次のような記載のある文書(甲七四、甲一七 四)がある。証人Zは、伝道は伝道する者の主体性に任されており、このようなマニュアルによってなされるものではない旨証言するが、昭和五九年一〇月にアンケート活動を初めて行ったH・Hは、先輩にどういうことを話したらいいのかと相談したところ、このような文書(甲七四)を渡されている(証人H・H)。後記のとおり、原告 S、原告TO、原告T、原告B、原告O、原告Cが受けた勧誘方法は、これに沿うものである。伝道に携わる協会員らは、これら文書を見たか、あるいは先輩から指導を受けたかは別として、おおむね、こうした記載内容に基づく勧誘方法を採っていたと推認される。(略)
 b 伝道対象者
 「新規前線トークマニュアル」と題する文書 (甲二三八)には、復帰摂理の中心人物となり得る人を伝道することが神の願いであり、その条件として、1.選民の一人、2.善なる功績が多い先祖の子孫、3.み旨を成就するのに必要な天禀を先天的に持つ、4.後天的な条件が具備されている、5.天が必要とする時機と場所に適合する個体であることを挙げ、外的分別基準として、次のような記載がある。(略)
 c 伝道から帰ってきた後の行動
 次のような記載のある文書(甲七五)があり、伝道に携わる信者らは、伝道から帰ってきた後、おおむねその記載に沿う行動をとったと推認される。「7 帰ってきたらどうするか? 1.ま ず、祈祷室へ 実績があってもなくてもまず感 謝 反省と次回の決意を天に報告 注意 感謝できない人は次の伝道で失敗する。・・・2.アベルに報告 内的→心情報告 外的→実績報告・・・3.管理ノートに伝道者のことを記入し、復帰計画を立てる。※復帰計画は必ず中心と相談して立てる。手紙について 手紙は伝道の武器であ る (1)伝道したら、その日に葉書を書こう。(2)手紙は三〇分、葉書は一〇分以内に ※愛すると は、与えることである→手紙 ※この世の人は、手紙をあまりもらわないから特に嬉しいものである。・・・」
 (エ) 運勢鑑定料の収受
 いわゆる霊感商法が社会問題化したことによ り、昭和六二年四月以降、壺、多宝塔、印鑑等等の販売はされなくなったが、協会員は、主に壮婦を対象として、ビデオセンターにおけるビデオ受講させる目的で、運勢鑑定や婦人教養講座のチケットを売るようになった、その手法は、次のとおりである。
 a 勧誘の際のトーク
 (a) 「姓名判断必勝法」と題する文書(甲二一七)があり、(略)
 (b) 「勝利のための・・・」と題する文書(甲二一九)があり、おおむね次のような記載があ る。(略)
 b 実際の勧誘方法
 壮年・壮婦部の新規隊に属する協会員らは、上記マニュアルや先輩の指導の下、カルチャーサロン等の名称を表示した会員証(甲二四五)を持参しながら、次のようにして鑑定チケットを販売した。その際、協会員らが、自らが被告協会の信者であることを明かすことはなかった(略)
 (オ) 展示会、店舗等における物品販売
 壺、多宝塔等の販売がされなくなったころか ら、青年部ないし勤労青年部、学生部、伝道機動隊に属する協会員らは、株式会社北翔クレインを主催者とする宝飾展・呉服展(甲四一三、甲四一四、甲四一五の一ないし五)及び絵画展(甲四二二)や、「健康友の会」を主催者とする健康講演会や健康フェア(甲四三〇、甲四三二)、店舗 「おりじなるマインド」において、自ら宝飾、呉服、絵画、高麗人参茶、遠赤外線サウナ、化粧品等を購入したり、教育過程にあるゲストや信者の親族や友人を動員して、これら商品を販売していた(株式会社北翔クレインを主催者とする宝飾展・呉服展を、以下、単に「展示会」ということがある。)。協会員らは、展示会について、動員数と売上げの目標を定めたノミネート表を作成していた。昭和六三年、平成元年ころが売上げの最盛期であり、北海道ブロックにおいて月一億円の収益があった。その販売方法に関する次のような文書があり、協会員は、これら文書の記載に基づく販売活動を行っていたと認められる。
 a 高麗人参の販売(体質改善トーク)(略)
 b 化粧品の販売(男女美トーク)(略)
 c 宝飾展、呉服展の動員リスト(略)
 d 宝飾展、呉服展の動員トーク(略)
 e 宝飾展、呉服展のアフターケア(略)
 f 絵画展の応酬話法(略)
 g その他の手引き等(略)
 (カ) 珍味売り
 伝道機動隊やマイクロ隊所属の協会員は、目標を定めて珍味を販売していた。キャラバン隊と称する数人が車両移動をして珍味販売をすることになった原告Cは、キャラバン隊の卒業基準は一人一か月一〇〇万円の売上げで、それができるまで何か月も車両に乗って珍味売りに従事することになっていたと供述している。(略)
 (キ) いわゆる因縁トークについて
 前記のとおり、壺、多宝塔、印鑑等や運勢鑑定チケット等の販売等においては、手相判断、姓 名判断等が積極的に用いられており(後記のと おり、教育過程においても用いられることがあ る。)、その際、協会員は、「先祖の因縁」とか「因縁」についての話をしていた(これを「因縁トーク」という。)が、その手法は次のとおりである。
 a 桑野式姓名判断 (略)
 b 協会員の用いた手引き等 (略) 
 c いわゆる因縁トークと被告協会の教義との  関係
 本件全証拠によるも、被告協会が、教義上、桑野式姓名判断を正しいものと認定した形跡は見当たらないし、被告協会の協会員らのうち、桑野式宗家から鑑定を許容された者がいることもうかがわれない。
 被告協会の教義において、因縁という概念はないが、被告協会における罪の概念を理解しやすくする意味で用いられることはあった。被告協会の教義における霊界と罪の考え方は、「人間には肉体(これを「肉身」と称する。)以外に霊魂(これを「霊人体」と称する。)があり、肉身が滅んでも霊人体は霊界で永遠に生きる。霊界においては、肉身生活において本来の目的を完成した人は幸せに暮らしているが、本来人間になすべき責任を果たせないで、あるいはそれに反して地上で生涯を終えてしまうと、霊界に行って、本来自分がなすべきことをなせなかったという自責の苦しみがある。現在の人間が、神を中心とした神の理想とする愛の家庭を完成すれば、先祖も自分たちも自責の苦しみから解放される。また、人間が神から離れた原因となっているものを罪と呼ぶ。四つの罪があり、木で例えれば、根、幹、枝、葉の四種類である。根に当たるのが原罪であり、すべての人類が生まれながらに背負っている罪(アダムとエバが神に反逆したために起こった罪)であ る。幹に当たるのが遺伝罪であり、先祖の犯した罪をその子孫が受け継ぐというという意味での罪である。枝に当たるのが連帯罪であり、ある民族なら民族、ある国なら国に生まれたために、その民族や国が犯した罪を自分が背負うという罪である。葉に当たるのが自犯罪であり、自分が直接犯した罪である。」というものである(証人岡村信男)。
 協会員の因縁トークは、上記の限度で被告協会の教義と関連性があるにとどまり、少なくとも、被告協会の教義とは直接の関係はない。
 イ 上記活動によって得られた金員及びその使  途
 (ア) 商品の価格 (略)
 (イ) 使途
 証人I・Mは、印鑑が売れれば、特約店から委託販売員やその委託を受けた先生役の協会員に各四割ないし三割が支払われたが、受け取った金員から生活費を除く大半を被告協会に献金したと証言する。証人M・Kは、展示会における高麗人 参、呉服等の販売代金から委託販売者に五ないし三〇パーセントの紹介手数料が支払われると証言するが、各部長ないし地区の会計がとりまとめており(証人N・M)、これが実際に株式会社ハッピーワールドないし株式会社北翔クレインに帰属しているのかは判然としない(証人M・I)。本件全証拠によるも、これら金員を協会員が個人的に費消したことはうかがえないのであって、証人I・Mの上記証言や、後記のとおり協会員の受け取る対価が定まっていたことなどに照らし、委託販売員は、受け取るべき金員の大半を被告協会に献金したことが推認される。
 また、少なくとも、ビデオや各種トレーニングの受講料や鑑定チケット料は、ビデオセンター等の運営資金として使用されたと推認されるし、実践トレーニング中のトレーニング生や伝道機動隊の隊員が展示会等に動員したことによって得た金員は、地区ないし青年支部や伝道機動隊及びそれらのホームの経費や活動資金として使用された (証人Z、証人H・H)。
 (ウ) 上記活動による協会員の対価
 a 青年
 上記活動に専従する協会員は、入教費と称する家賃、下宿料を支払ってホームで共同生活をし、二四時間その活動に専念するが、小遣いとして月一万五〇〇〇円前後の支給を受けるほか、報酬を得ることはないばかりか、展示会の目標が達成できない場合には自腹を切って物品を購入したり、利益分の二〇パーセント分の献金をすることさえあった(甲三四一、甲三八二、証人H・H)。献身に至らない協会員も、時間のある限り、アンケート活動を中心に、時には宝石や着物等の展示会を紹介したり、姓名判断・家系図の紹介等をしたが、その活動について報酬は一切得ていなかった(乙ハ九一、証人O・A)。
 また、上記活動に従事する期間は、後記被告協会の七年路程の教えに照らし、一般的には経済活動につき三年ないし三年半、伝道活動につき三年ないし三年半が予定されていたと推認される(証人H・H)。
 b 壮年・壮婦
 壮年・壮婦の協会員は、基本的には既成祝福と呼ばれる国際合同結婚式への参加が許されるまでの間、時間のある限り、チケットや呉服等の販 売、教育過程の主任、和動員等の活動をし、人参販売、呉服販売等に携わった壮婦に対しては、壮年・壮婦部から公費ないし交通費等の名目で月五万円が支給された(証人N・M、証人M・I)。
 例えば、(中略)
 ウ 上記活動の宗教的側面
 (ア) 伝道の端緒としての側面
 上記活動のうち、青年に対するビデオセンターへの勧誘や、壮婦に対する鑑定チケットの販売が被告協会の教義の伝道の端緒として位置づけられていたことは明らかである。なお、証人小柳定夫は、ビデオセンターを設置した目的について、 「協会員ばかりを増やすよりも、むしろもっと幅広く、もっと公徳心、道徳心を高めたり、そういう人々をたくさん作っていく入口を増やしたいということを考え」たものであり、一般的な社会教育を意図していた旨証言するが、後記のとおり、ビデオセンターにおけるビデオの内容は、統一原理を絶対的真理とする立場に基づくものであり、一般のビデオは統一原理の理解を促進するために用いられていたにすぎず、上記証言は欺瞞というほかない。
 また、協会員は、それ以外の物品販売活動についても、伝道の端緒として利用していたと認められる。例えば、(略)
 (イ) 宗教的体験の場としての意義
 後記のとおり、協会員は、販売活動において無視されたり、否定されることによって、「叫べども叫べども民衆が理解してくれなかったイエスの悲しみの心情」に触れ、そうした実践を通じて神を肌身をもって学ぶなどと教えられ、上記活動 における宗教的意義を見出していた(証人H・ H)。
 例えば、伝道機動隊に配属された協会員は、 「伝道師勝利十則」と題する文書(甲一七六)を渡されたが(証人H・H)、そこには、次のような記載がある。「1.燃えるような救国救霊の熱気、情熱を持て!この焼きつくような救国救霊の熱気、情熱こそが伝道勝利のカギだ。(以下中 略)
 また、「東京マイクロ部隊隊員心得」と題する書面(甲一八四)があり、そこには、「私はメシヤの代身である。私は神の子供である事の誇りを持て!私は車を降りる時、神様も共に出発され る。私が前線で受ける全ての苦労、試練、悲し み、みじめさ、淋しさは、すでに神様が六〇〇〇年感じ続けてて来られたものであり、真の御父母様も受けて来られたものである。私の何百倍も、何千倍もの大きさで受けて来られている。」、 (中略)マイクロ隊は、キャラバンに乗って珍味販売のため各地に赴くが、マイクロ隊所属協会員の生活は次のようなものである。朝六時に起床して御父母様の写真に向かって決意表明をし、午前九時半までの一ラウンドと午後三時までの二ラウンドの目標を言う。周りの人たちは「よーし」とかけ声を掛ける。キャラバンを降りると完全に一人で、心細さとプレッシャーでまさに「神を頼らざるを得ない心情」になる。サタンより早く家々を回らなければならないので家と家の間は走って回るように言われている。朝の一ラウンドのアベレージが一万以下であると断食だったこともあ る。食事も後かたづけもストップウオッチで時間を計られる。一日の最後のラウンド後に売上金の個人別集計をし、その後「B街」と呼ばれる歓楽街にペアで売りに出る。その後祈祷会をして休 む。車内では座る位置も寝る位置も決まってお り、自分の座る場所は「本然の位置」と呼ばれていた。その生活は、客観的に見れば、ほとんど奴隷か軍隊の生活に近いものといえるが(甲三一 四、原告C本人)、協会員の宗教的動機がこれを支えたと考えられる。
 (ウ) 上記活動と万物復帰の教義との関係
 a 被告協会の教義としての万物復帰
 (a) 「原理講論」には、次のような記載がある(乙ハ八六の一)。「神の創造目的である三大祝福は、まずアダムとエバが各々個性を完成して夫婦とならなければならないということであり、つぎに、子女を殖やして家庭をつくり、更に進んで彼らが万物を主管することによって成就されるようになっていた。しかし、堕落によってその三大祝福は達成されなかったので、これを復帰するためには、それと反対の経路にしたがって、まず、万物を復帰するための蕩減条件と、人間を復帰するための象徴的な蕩減条件とを同時に立てることができる「象徴献祭」をささげて、「信仰基台」を立てなければならない。つぎには、子女を復帰して、その上に、父母を復帰するための蕩減条件を、同時に立てることができる「実体献祭」をささげて、「実体基台」をつくって、「メシヤのための基台」を造成しなければならない。」
 (b) 被告協会発行の「四〇日研修用教材シリーズNO8復帰摂理と万物」と題する書籍(甲二九 七)には、次のような記載がある。(中略)
 b 協会員の理解
 被告協会の教義への信仰を保有する協会員によれば、万物復帰とは、人間が万物以下に落ちたので、万物を通して象徴的に献金などをして、神への信仰と愛を取り戻すという教えであり、献金することも象徴献祭になるが、あくまでも神に近づくという認識が必要であって、単に金集めを指示しているのではない(乙ハ八、乙ハ九三、乙ハ 九五、乙ハ九七、乙ハ一四三、乙ハ一七五、証人Z、証人H・H、証人岡村信男、証人M・I、証人Y・K、証人S・K)。これに対し、脱会した元協会員は、統一運動を支援する側に立つ神側の企業の商品をサタン側の人々に売る活動が、統一原理を知らずに購入した者にとっても蕩減条件となり、万物復帰とは、神側の商品をサタン側に売るという経済活動そのものを意味すると理解していたと証言ないし供述する(証人H・T、証人K・Y、証人N・M、原告ら全員)。
 いずれをもって被告統一教会の教義の理解として正しいかを判断することは、当裁判所の権限を超えるものであるが、少なくとも、事実として、後記教育過程において、脱会者の理解に沿う講義がされていたことは否定できない。例えば、(中略)
 上記事実に加え、前記被告協会の機関誌の記載をも総合すると、一般に、協会員は、万物復帰の教義を、被告協会側以外のサタン側の勢力に奪われた万物を神側である被告協会側が取り戻す者として理解していたのであり、その機関誌において各地の販売等の実績を掲載し、競争心を醸成していたことに照らし、被告協会においても、協会員がこうした理解の下に経済的活動をしていたことを十分認識していただけではなく、その教えの下に、協会員の経済的活動を正当化し、協会員をして経済的活動に奔走すべく利用していたと認めるべきである。
 (2) 協会員の教育的活動
 ア 青年支部教育部の教育過程
 青年支部教育部における教育過程は、おおむ ね、ビデオセンターでのビデオ受講に始まり、ツーデイズ、ライフトレーニング、フォーデイズ、新生トレーニング、実践トレーニング、伝道機動隊、献身という順序で間断なく進められていた (乙ハ九三)。
 (ア) ビデオセンター
 a リーフレットとビデオセンター内部
 エーデルワイスを紹介するカラー刷りのリーフレット(甲七三)がある。そこには、ビデオルームやティーカウンター等の写真や、北海道大学名誉教授医学博士飯田正一の顔写真があり、「2 Days Seminar」と題して、二泊三日の合宿セミナーがあることが紹介されている。また、「VTRご案内」として、次のような記載がある。(中略)
 実際のビデオセンターには、リーフレットにおいて紹介されているビデオルームやティーカウンター以外に、保育室やスタッフルーム(タワー 室)、祈祷室があった。祈祷室は三畳ないし三畳半くらいの広さで、信者らが伝道に出発するときや、帰ってきてから祈祷をする場として用いられた(甲四六五、証人Z、証人M・K)。 ビデオセンターのスタッフは、アドバイス役であるタワー長、新規のゲストを担当する新規トーカー、主任である。タワー長は、学生部長や青年部長が持ち回りで担当していた(証人Z)。
 b 新規トーク
 新規トーカーとなった協会員は、「心情交流トーク具体例1.」などの記載がある文書(甲七六の二枚目)などのマニュアルや、先輩から体験談などを聞く研修会ないし学習会に参加して、トークの仕方を学んだ(甲七七、証人Z)。例えば、前記「新規前線トークマニュアル」(甲二三八)には、「新規トークの基本的な流れ」として、次のような記載がある。(中略)
 c コース決定とビデオ受講
 ビデオ受講の決定は「コース決定」と呼ばれ た。新規ゲストのうち、コース決定をする者は、約半数であった(証人Z)。スタッフは、コース決定したゲストに申込用紙に住所氏名を記載させて受講料を支払わせた。
 スタッフは、コース決定をしたゲストに対し、十分理解できるまで、ビデオを受講していることを他人に話さない方がよいと述べた(「口止めトーク」と呼ばれる。甲六八、甲七六の一枚目、甲三四九、証人S・K、原告O本人)。
 ビデオセンターでは、各ブースに入ったゲストにヘッドホンをかけさせて、基本的には、「総 序」、「創造原理●プロローグ」、「創造原理 ●霊界」、「堕落論」、「終末論」、「メシヤ 論」、「復活論」、「緒論」、「アダム・ノア家庭」、「アブラハム家庭」、「モーセ」、「イエス」、「摂理的同時性」などと題された倉原克直講師の統一原理に関する一三巻の講義ビデオを見せ、その間に「人体」、「OH!GOD」、「クリスマスキャロル」などの一般のビデオを見せた(甲八三、証人Z)。一般のビデオ以外のビデオの内容は、いずれも統一原理を絶対的真理とする立場に基づくものであり、ゲストの価値観を転換させ、統一原理を学ぶことの重要性を自覚させる意図があった。例えば、「創造原理●プロロー グ」は、なぜ神を知らなければならないのかを納得させ、「創造原理●霊界」は、霊界が実在し、人間観、世界観が行動に影響を与えることを納得させ、「堕落論」は、自分が堕落人間であることを自覚させ、「終末論・メシヤ論」は、メシヤに対する心の準備を持たせ、「復活論」は、使命感を与えることがそれぞれ意図されていた。一般のビデオは統一原理の理解を促進するために用いられていたにすぎない(甲六六、甲六七、甲八四、証人H・Y)。
 d 霊の親の対応
 昭和六三年一二月九日付けのエーデルワイスの「アフターマニュアル」と題する文書(甲七六の一枚目)には、次のような記載があるゲストをビデオセンターに連れて来た協会員(これを「霊の親」といい、ゲストを「霊の子」という。)は、ゲストに対し、おおむね、その記載に係る対応をしたと推認される。(中略)
 e 主任ないしスタッフの対応
 ビデオセンターの主任は、ゲストとの心情関係を築くため、ゲストを賛美し、ゲストの話を聞 き、それを否定せず、ゲストの住んでいるところを訪問するなどした。ビデオセンターには、ゲストのアフターケアをする「V・Cアフター」と呼ばれる者もいた。これらスタッフは、各ビデオ の受講前後に、ゲストの価値観を転換させるべ く、ゲストと話し合った(これを「和動」とい う。)。その際、スタッフは、宗教に抵抗のあるゲストに対して、「このビデオの内容は、宗教性は含んでいますが、人間が人間として、また自分が本来の価値、目的を知って生きてゆくための内容ですから、とても大事なんです。」とか、「このビデオでは便宜上、一般になじみにある「神」と呼ぶことにします。」などと述べ、その内容が統一原理であることを明らかにせず、特定の宗教の教義に基づくものであることも婉曲に否定し た。(中略)
 f ビデオ受講後
 ゲストは、コース決定をしてから四回通うまでの段階(S4)で約半数くらいになり、ツーデイズに参加する者はその約半数くらいであった(証人Z、証人H・Y)。
 (イ) ツーデイズ
 ツーデイズは、札幌市中央区円山の札幌ハイツにおいて行われた。ツーデイズには班長、進行、講師、聖歌指導、修母、食当というスタッフがいた。
 a 前日
 朝スタッフが集合し、午前中に備品をチェック表で確認する。備品としては、御父母様(文鮮明と韓鶴子を意味する。証人T・K)の写真、聖歌、私の誓い、スケジュール表、班員表、名札、写真帳、新生日記、歓迎の絵、マイクテスト、ビデオプロジェクターがある。ゲストをS・A・Bにランク分けし、席順はSランクから前に座るようにする。午後一時から、講義室において主任、進行を中心にスタッフ教育が行われ、ローリングプレーがされる。午後四時に入浴がされ、午後五時二〇分に聖別式が行われ、午後五時三〇分に決断式が行われ、決意表明等がされ、午後六時三〇分に夕食がされる。
 午後七時三〇分、霊の親に見送られてゲストが会場に向けて出発し、午後八時、ゲストが「おかえりなさい」と言われて会場に迎え入れられる。雰囲気を盛り上げるためのBGMが流される。午後八時一〇分に歌やフルーツバスケット等のリクリエーションがされ、この時にスタッフが紹介される。その際、班長は年齢を言わず、ベテランという顔をし、「班長は初めてですが」とか、「まだ幼くて何も分かりませんが」などとは絶対に言わないこととされる。午後八時五〇分、オリエンテーションがされる。進行は、「真剣に人生の目的を求めている人がたくさん来ています。」と言って動機、御言に対する心情姿勢を正し、「やる気のない人は帰って下さい!」と必ず言い、場合によっては途中で帰ってもらうことを伝えて場を引き締める。また、電話は急用以外は禁止、住所・電話番号を教え合わないこと、講義の途中で質問をしないこと、販売機の使用禁止、金員等をスタッフに預けることなどが指示される。スタッフは、講義のみならず生活自体が重要であり、休憩時間もスケジュールの一つであるとの考えから、休憩時間の電話についても、班長の許可を得るように伝えていた。
 午後九時三〇分、班決意表明がされ、午後一〇時、アンケートがされ、講師が明かされる。午後一〇時一五分、閉講式がされ、午後一〇時四五 分、班和動がされる。講師の人格について、「とても心情深い、あたたかな方です。色々な分野の方々との交流をもっていらっしゃる。でもそれを感じさせないフランクでユーモア精神にあふれている講師なんです。」などと述べられる。午後 一一時に就寝となり、班長は、班員同士の交流 (「横的授受」と呼ばれる。)がされないよう班員と同じ部屋で必ず寝る。なお、「御父母様の写真」が置かれていた講師室等の部屋には、ゲストは入らないよう指示された。
 b 第一日目
 午前六時起床、体操、清掃、洗面。食事を経 て、午前八時、聖歌指導後、「創造原理」の講 義がされる。「第一節・神の二性性相と被造世 界」、「第二節・万有原力と授受作用及び四位基台」等の項目があり、一人一人の人間が神に造られたかけがえのない存在であることが強調され る。
 講師になるための検定試験がある(甲一八〇ないし一八三)。講義方法は、1.論理性(原理講論全体を覚え、原理の内容を正確に把握し、み言そのものを語り、説明の手順の筋道とポイントをおさえて明確な講義をすること)、2.呼訴力(霊的説得力。天(父母)の代身として、命を注ぐこ と、み言と一体となって語ること、み言を確信をもって、自分が感動して語ること、神と共にあって語り、神の心情を自分のこととして、涙の講 義をすること、ゲストにふさわしい講義をする こと)などが求められる。講師は、「原理講義 は単なる理論の説明の場ではない。研究発表で もない。生命の伝達の場であり、新生の場であ る。」、「命を生みかえす。命をふきこむ。霊的生命をふきこむ。生命と生命のぶつかりあいである。」といった気持ちで、真剣に取り組む(甲 一〇六、証人Z)。
 スタッフは、講義が始まると、すぐに集合して祈祷会を行う。午後〇時三〇分、昼食。班長は、あくまで講師につなげる役目に徹する。午後一時三〇分からサッカー、バレーなどのリクリエーションが行われる。ゲストは、一生懸命やりきったという充実感や、同じサッカーをやったメンバ ー、班長、スタッフに大して親近感を抱く。
 午後三時三〇分から「創造原理(復活論)」の講義がされる。霊界の存在、霊人体の成長、今生きている肉身生活の意義といった内容であり、肉身生活中に霊人体を成長させなければ霊界で天国に行けないという説明がされる。ゲストにとっては、今までの生活では、霊人体が成長しないというメッセージとなる。午後五時三〇分から「堕落論」の講義がされる。午後八時夕食。なお、ツーデイズないしフォーデイズの講義や食事等の様 子を撮影した写真があり(甲一一五の一ないし 四)、その雰囲気は和気あいあいとしたものに見える。午後八時四〇分に全体集合による詩の朗 読、新生日記の記載、質問会がされ、班長面接が行われる。班長は、実際には、ほとんどの場合、講師から伝えられることはないにもかかわらず、「〇〇講師は〇〇さんのことをすごく真面目に聞いていたねと褒めていたよ」などと伝える。ゲストの多くは、講師に評価されたことを素直に喜 ぶ。この時点で、講義を聞く気がないとか、臨む姿勢が不謹慎である(このような態度は「み旨に相対できない」と表現される。)ゲストは帰ってもらうか、次の日に講義を受けさせず、班長が和動をすることとする。午後一一時三〇分、洗面、就寝する。
 c 第二日目
 午前六時起床、体操、洗面。朝拝、朝食を経 て、午前八時三〇分から「緒論・アダム・ノア・アブラハム」の講義が行われる。「緒論」の内容は、人間始祖が罪を犯したために堕落してしまったこと、堕落以前に戻る復帰の過程はサタンを分立する過程でもあること、原罪を清算した後、さらに成長して神の創造目的が完成することなどである。この段階では、原罪の清算が祝福であることは明かされない。そして、復帰原理の歴史的実践としてのアダム家庭・ノア家庭・アブラハム家庭が講義されるが、これらはいずれも失敗の歴史である。アダム家庭の失敗の原因は、カインがアベルに従順に屈服して侍らなかったからであるとされる。
 午後〇時三〇分から昼食、荷物整理がされる。午後一時三〇分から「メシヤ論」の講義がされ る。イエス・キリストは神の独り子であり、人類の救いのために地上に遣わされたにもかかわら ず、人間が不信をしたために十字架にはりつけにされてしまう。人間の不信のために独り子を失ってしまう神の悲しみの心情が伝えられる。イエスがゴルゴダの丘で処刑される状況などがリアルに講義される。この講義は、ゲストにイエスを殺したのが自分自身であると理解させることを意図している。
 午後三時から「同時性」の講義がされる。この講義では、歴史が繰り返され、今のこの時代にメシヤ、再臨主がうまれていると講義される。ゲストは、絶望から希望へと導かれる。しかし、具体的にメシヤが誰であるかは明かされない。証人Zは、ツーデイズにおいてメシヤが文鮮明であることを明かさない理由について、「メシヤを明かすとき、きちんと内容というのを、細かく時間を掛けて説明していかなきゃいけないわけですから、ツーデイズの時間の中でそれを全部説明しろといわれても、とても時間的に足りなくて難しいからです。」などと証言するが、説得的ではない。むしろ、同証言は、教育過程のスタッフにおいて、ゲストが、メシヤが文鮮明であることを受け容れることのできる状態になるまでに相当の準備が必要であることを認識していたことを示すものである。
 午後四時三〇分、ビデオ上映がされる。午後六時三〇分、閉講式がされる。ツーデイズの閉講式では、講師が、霊の親がゲストの知らないところで祈り、涙し、条件を立ててきたという話をす る。実は霊の親は会場に来ているのであるが、そのことはゲストに伝えられないまま、進行は、ゲストに対し、「実は霊の親が来ているんです。」と言い、ゲストに「本当に来ているのか。」という感情にさせながら、「来ているわけはないですよね。」といったんはぐらかし、その後、「実は皆さんのことを思って忙しい中を霊の親の皆さんが駆けつけてきてくれました。」と言う。する と、札幌ハイツの場合、後ろのカーテンが開か れ、霊の親が自分の霊の子の名前を呼びながら駆け寄ってくる。涙ながらの感動の場となる(証人H・Y、証人Z)。このように、ゲストの感情を揺さぶる場面が演出される。(中略)
 d ツーデイズ終了後
 ツーデイズ終了後、サークルプラザΣ(シグ マ)等において、ウエルカム・パーティが開かれる。入場の際に紙吹雪やクラッカーなどで盛大に歓迎される。パーティにおいては、ライフトレーニングへの参加の決意をしていないゲストに対 し、その参加が勧められる。ライフトレーニングとフォーデイズは一体であるが、フォーデイズの際に献身の決意が求められることは明かされな い。会場では、代表者がステージに上がり、盛り上った雰囲気の中、次々にライフトレーニングとフォーデイズへの参加の決意と期待を述べることになっている。前向きな感想を言う者が多く、その度に会場は拍手で沸く。
 ツーデイズの参加者のうち、ライフトレーニングに参加するのは約七、八割であり、どうしてもライフトレーニングに参加できないゲストは、ビデオセンターにおいて中級コースを受けるよう 勧められる(甲三六一、証人H・Y、原告S本 人)。
 (ウ) ライフトレーニング
 ライフトレーニングはニューホープセンターの二階で行われた。ライフトレーニングのスタッフ(主任、班長等)は、トレーニング生ごとに「個人管理カードB」を作成した。このカードは、フォーデイズのスタッフに渡された。ライフトレーニングには短期と長期があり、その内容はおおむね次のとおりである。
 「神について」、「罪について」、「祈りに ついて」、「終末論」、「緒論」、「アダム・ ノア」、「アブラハム」、「イエス」、「再臨 論」、「主の路程」、「聖書論」、「新生の手 順」、「信仰生活講座」などの講義がされ、その間、「氷点」、「塩狩峠」というビデオを見せたり、伝道活動への従事がされ、休日にはイベントがあった。主任は、トレーニング生とともに食事をし、ギターを演奏して歌を歌ったり、ゲームをしたりする。
 「主の路程」の講義において、初めてメシヤが文鮮明であることが明かされる。主任は、メシヤを明かす前に、冗談めかして「実はメシヤは私なんです。」、「メシヤはボロボロの格好をしたよぼよぼのおじいさんかもしれないですよ、皆さんどうしますか。」などと述べたり、「実際のメシヤは自分自身が思い描いているメシヤ像とは違うことが多い。どんな人であったとしても、メシヤとして受け容れられるような心構えを持っていなければならない。」とか、「イエス様も実際に不信されて十字架にかかってしまったので、不信しないように。」などと話す(証人H・Y)。講義の後、霊の親、主任、班長が、簡単なパーティとプレゼントを用意してくれることがあり、その 際、主任や班長は、「主(メシヤ)を明かされておめでとう。霊界で先祖たちも大喜びしている よ。」とか、「これからは主のためにがんばって行こうね。」などと言って盛大に歓迎する。な お、証人Zは、この時点でゲスト全員がやめてしまったこともあるという。
 主の路程の後の「聖書論」では、反対運動の存在が解説される。反対派につかまって、監禁さ れ、洗脳され、その場所から逃げるために四階から飛び降りて足を折ってしまった協会員の例が話される。
 ライフトレーニングの最後に行われる「新生の手順」という講義では、献身、実践、礼拝参加、探究中という四つの進む道が示された。1.献身とは、統一運動に貢献するため、二四時間統一運動を支援するというものである。2.実践とは、働きながら、あるいは学校に行きながら、時間の空いたときに、そうした手伝いをするというものである。3.礼拝参加は、実践をせず、礼拝に参加するというものである。4.探究中とは、確信が持てないため探究し続けるというものである。スタッフは、是非専従会員を目指してほしいと述べたが、この段階では、必ず献身をしなければならないという立場で迫られるわけではない。
 ライフトレーニングに参加した者の約八、九割はフォーデイズに参加した。フォーデイズに参加できない者は、これに相当する上級ツーデイズが紹介された。
 (エ) フォーデイズないしファイブデイズ
 フォーデイズないしファイブデイズは、支笏湖畔にあるユースホステルで行われた。主催者側 は、自然を見ながら神を感じやすいところであ り、バスで行くことのできる便利のよい場所であると考えていた。スタッフは、班長、進行、講 師、修母、食当等である。教育部長は、信仰的にしっかりし、元気がよく、好印象を感じさせるようなタイプの信者を班長に選出した。フォーデイズのスタッフは、受講生ごとに「個人管理カードC」を記載した。このカードは、新生トレーニングのスタッフに渡された。フォーデイズには、再教育のため、既に信者となっている者も参加していた(その参加者をリフレッシュのメンバーという。)。フォーデイズにおいて使用される新生日記には、被告協会のシンボルマークである統一旗が印刷されていた。フォーデイズの内容は、多少の変動はあるが、おおむね次のとおりであった。 a 前日
 午後〇時三〇分までにスタッフが集合し、昼食後、午後一時三〇分から方針発表。班長学習会、外的準備、班長の面接を経て、午後四時三〇分からスタッフ復興会。歌の練習後、午後七時から夕食、午後八時にニューホープセンターにおいて出発式、祈祷会がされ、出発。午後九時三〇分支笏湖ユースホステル到着。約二時間のバスの中で は、一人一人がマイクを持って、自己紹介と霊の親の紹介をし、参加動機を語った。受付がされ、班発表やゲームがされた。ゲームの所々では原理用語が使われ、原理を学んできたからこそ答えられたという優越感や、原理用語が分かり合えるという仲間意識を抱く。午後一〇時三〇分オリエンテーションがされ、アンケートが取られた。午後一一時解散、就寝。
 b 第一日目
 朝は午前六時に起床係の者が各部屋のドアを叩き、「起床ー!」と叫ぶ声で始まる。服を着替えて外に出て、班長を先頭にきちんと並び、「番号はじめ!」というかけ声とともに、順次番号を言う。遅ければやり直しとなる。体操、清掃をし て、午前七時朝食。食事の前には、進行が班長又はトレーニング生を指名し、食前の祈祷をしてから食事となる。午前八時開講式。聖歌指導の女性が新しい歌を歌う時などは一緒に練習し、講義の前には必ず皆で聖歌を歌う。午前八時三〇分から「創造原理」の第一節から第三節までの講義がされる。講師が去ると、進行が来て「姿勢を正し て!はい、これで終わりまーす!」と言うと、 皆で声をそろえて「はい、ありがとうございました。」と大きな声で言うよう指導される。午後〇時三〇分昼食、スポーツ。午後三時三〇分から 「創造原理」の第五節、第六節の講義がされる。午後六時夕食、和動会(各班ごとの演芸会)がされ、大笑いの場ともなる。午後一〇時三〇分から新生日記と題する感想文を記載する。途中、一人一人呼ばれ、班長との面接が行われた。午後一一時解散、就寝。
 c 第二日目
 午前六時起床、洗面、体操、清掃。午前七時朝の礼拝。班長等が、自らの信仰に至るまでの体験談を語る。午前八時朝食。午前九時から「堕落 論」、「緒論」、「アダム家庭」の講義がされ る。午後〇時三〇分昼食、スポーツ又はゲーム。午後二時三〇分から「アブラハム家庭」、「イエス路程」の講義がされる。イエス路程の講義の前には、進行が「あなたたちは氏族のメシヤの立場であり、あなたたちのご先祖様もメシヤを明かされ泣いて喜んでいる。今日も原理講論を聞こうと大勢の霊人体がやって来てその霊人体たちが涙を流しているので、涙が出る人は基準が高い証拠なのだ。」などと話す。講義が始まると多くの女性が泣き始める。講義後、聖歌(六八番「十字架に向かえり」)賛美の後、黙祷させたまま講師が退席し、その後、部屋を暗くして、ろうそく又は小さなライトを灯し、スタッフが状況に合ったピアノの演奏をしたり、CDをかけて、「お父様の 詩」を朗読する演出がある。「お父様の詩」の内容は、「今までお前は、自らの内にある罪のために、汚れのために悩んできたね。けれどもそういうお前を、この私が一度でも責めたと思うか。非難したと思うか。また、そのようなお前から醜いといって顔をそむけたことがあると思うか。そういうことのゆえにお前が苦しみ悩む前に私自身が涙を流したのだよ。数々の罪を持って生まれて来なければならなかったあわれな立場、そういう立場に立たせなければならなかったお前のゆえにお前が、悩む前から私自身が悩んだのだ。私が、 お前に与えた生命のゆえに、私がお前を愛した のだ。お前は、私の子なのだ。」というもので ある。会場は涙に覆われる(証人Z、証人H・ Y)。午後六時三〇分から夕食、入浴、質問会の後、献身の決意を求める班長面接がある。班長 は、自分自身も乗り越えて献身したことなどを明かす、感想文の記載等がされ、午後一一時解散、就寝。
 d 第三日目
 午前六時起床、洗面、体操、清掃。午前七時朝の礼拝。進行等が自らの信仰に至るまでの体験 談を語る。午前八時朝食。午前九時から「同時 性」、「再臨論」、「主の路程」の講義がされ る。午後〇時三〇分昼食、食後に仮眠。午後二時から「主の路程」の講義がされる。文鮮明が前妻と別れたのは、前妻が責任分担を果たさなかったからであること、明日死刑になるはずだった日に戦争が終わり脱出できたり、文鮮明の付近には爆弾が降ってこなかったなど、文鮮明の周りに奇跡としか言いようのない出来事が次々と起こったことなどが講義される。午後五時三〇分、「真実」のビデオが見せられる。その内容は、そのころの宗教法人の牧師たちが、法人の金を自分名義の口座に入れて税金を払わないことは普通だったの に、文鮮明は脱税で訴えられたが、ダンベリーの刑務所に入ることが摂理であることを知っていた文鮮明は潔く入獄し、当初文鮮明を馬鹿にしていた囚人たちが次第に文鮮明を慕うようになったなどというものである。午後六時三〇分夕食。午後八時講話。午後一〇時感想文の記載、班長面接。午後一一時解散、就寝。
 e 第四日目
 午前六時起床、洗面。午前七時朝の礼拝。午前八時から「勝共理論」、「国際情勢」の講義がされる。その中では、国際ハイウエイや日韓トンネル構想があり、実際にトンネルが掘られ始めていると説明される。午後〇時昼食。午後一時から 「現代の摂理」、「拉致・監禁問題対策につい て」の講義がされる。「現代の摂理」は、昭和 三五年以降の文鮮明についての講義である。午後五時感想文の記載。午後五時三〇分、閉講式。午後六時解散となる。支笏湖畔から札幌に向かう約二時間のバスの中では、フォーデイズで習った歌を歌い、一人ずつマイクを持って今後の決意を話す。
 f フォーデイズ終了後
 フォーデイズ終了後、札幌市白石区菊水のアカデミーセンターにおいてウエルカムパーティが開かれた。その際、文鮮明が足にけがをした弟子 を背負って歩くスライドが見せられ(証人H・ H)、「お父様の詩」が朗読された(甲三一三、原告T本人)。新生トレーニングへの勧誘において、心情解放展で罪の清算として献金が求められることは明かされない。また、新生トレーニングにおける信仰生活講座の講義等では、自己中心の愛によって結ばれることは罪であり、原罪を脱ぐためにはメシヤによって結ばれなければならないと教えられ、これを前提とすれば、それまで付き合っていた人と別れなければならないことになるが、そうしたことも明かされない(証人Z)。
 フォーデイズの参加者の約八、九割は新生トレーニングに参加し、この段階で半数以上は献身するとの方向性が定まる(証人H・Y)。新生トレーニングに参加できない者は、これに相当するサークルプラザΣ(シグマ)でのトレーニングが紹介された(甲三六一、原告S本人)。
 (オ) 新生トレーニング
 新生トレーニングはニューホープセンターの三階で行われた。新生トレーニングのスタッフは、主任、班長、進行、講師である。新生トレーニングのスタッフは、トレーニング生ごとに「個人管理カードD」を記入した。このカードは、実践トレーニングのスタッフに渡された。新生トレーニングには、「トレーニング期間中に、み言をより深く具体的に信仰生活を行う中で、内的信仰観の確立をする。」、「天国生活の訓練場であることを自覚し、自らの堕落性を脱ぎ、実践に向けての準備をする。」という意義と目的があり、その内容は、おおむね次のとおりである。
 トレーニング生は、午前六時に起床し、黙祷、挨拶、体操、掃除、洗面をして午前六時五〇分に朝拝をし、午前七時三〇分に朝食をとり、以後各自出発する。ニューホープセンターに戻ると、 「神と聖霊と真の御父母様と私○○○○の名によって聖別します。」と唱えながら十字を切って聖塩を自分に振りかける。午後六時五〇分に聖歌、午後七時から講義、午後九時から新生日記の記 載、午後九時二〇分から夕食、午後一〇時三〇分から全体の反省会、祈祷会、午後一一時から各班での反省会、面接を行い、翌午前〇時三〇分には完全消灯となる。トレーニング生は、その日のスケジュールを班長に提出することを求められ、スタッフに対する報告・連絡・相談を徹底される。女性の髪型や服装についての指導があり、禁酒禁煙が指示される。原理講論を何頁まで読んだかをつけるグラフが壁に貼ってある。
 「復活論」、「信仰生活講座」、「祈祷学」、「宗教迫害問題」、「実践神学(ないし万物復 帰)の意義と価値」、「緒論・アダム」、「ノア・アブラハム」の講義がされる。「信仰生活講 座」では、アダムとエバの失敗を繰り返してはならないこと、したがって、取って食べるなという青年期において、男性は女性を見ても姦淫の思いを持ってはならず、女性は男性を誘惑してはならないと講義される。「宗教迫害問題」では、反対派の牧師の一人一人のスライド写真が見せられ る。反対派牧師たちが協会員を監禁して脱会さ せ、自分の教会の教会員にさせるまでが影絵のイラストで説明され、反対派は、親に説得のための実費のほか、高い説得料を要求し、監禁という卑怯な手段を使っているとされる。また、H・H は、「実践神学の意義と価値」と題して、販売活動において無視されたり、否定された際、「叫べども叫べども民衆が理解してくれなかったイエスの心情」に触れる、そうした実践を通じて神を肌身をもって学ぶことなどを話し、販売活動をする際の宗教的な意義づけをした。
 心情解放展と呼ばれる行事が行われる。これ は、過去を清算し新しく生まれ変わるために、今まで犯してきた罪(特に、アダム・エバ問題と呼ばれる男女関係にまつわる罪)をすべて紙に書 き、真の父母様の代身に許しをもらい、神にとりなしてもらう儀式である。トレーニング生は、 「最も言いたくないことを書かなければならな い、言いたくないのはサタンだ。」といった指導の下、罪についての告白文を書く。告白文を読んだスタッフ(巡回師やチームマザー)は、トレーニング生に対し、「私は裸で生まれてきた、だから裸でかしこへ帰ろう、神様のもとに帰ろうということを教えながら、持っているお金を捧げなければならない。それが献身の一つの道である。」などと話し、献金を迫る。
 その他、「礼典学」、「メシヤ論」、「伝道 学」等の講義がされる。心情解放展がされた後、スタッフがトレーニング生に対する態度は厳しくなる。珍味の訪問販売の実践活動を行うこともある。その際、トレーニング生は、「稚内から来ましたハッピーフーズという会社の新入社員で今研修中なんです。」などと述べ、「珍味の歌」を歌って踊りながら販売した。被告協会への入会前後に、非原理時代の思い出のある物を焼き捨てるという「どんと焼き」がされ、また、街頭に立ち、五、六名が一列に並び、一人ずつ前に出て、他の者がハミングで歌を歌う中、原理の教えを説き市民に呼びかける演説がされることがあった。
 新生トレーニングが終了した段階で、トレーニング生は被告協会に入会する。札幌教会の教会長は、「これで本当に真理を知った神の子です。真理を知った以上、もう元に戻ることはできない。この道から離れたらお父様でも救えない。」などと述べることがあった。新生トレーニング参加者のうち、約八、九割は実践トレーニングに参加する。
 (カ) 実践トレーニング
 実践トレーニングはニューホープセンターの四階で行われたが、人数の関係で、菊水のアカデミーセンターで行われることもあった(証人Z)。
 トレーニングの冒頭に公式七年路程の講義がされる。メシヤを迎え入れる基台をつくるため、信仰基台として蕩減献金を行う意味での万物復帰を三年半、愛の人格を磨くために、人に愛して尽くしていく訓練という意味での伝道を三年半行い、メシヤを迎えるための基台を立てて、家庭を出発していくように、との内容である(甲一五五、証人H・Y、証人Z)。
 実践トレーニングにおいて、トレーニング生 は、珍味販売、ビデオセンターへの動員、宝飾・呉服・絵画等の展示会の動員等を行った(甲一五六、証人Z、証人H・H)。トレーニング生は、伝道や展示会の動員については、生まれてから出会った人すべてを救う責任があり、そうしない と、霊界に行ってから、どうして教えてくれなかったのかと讒訴されると言われており、可能な範囲の知り合いを動員するようにしていた(甲二三七、甲三六一、原告S本人、原告B本人)。
 イ 壮年・壮婦部の教育過程
 壮婦・壮婦部の主として壮婦に対する教育過程は、おおむね次のとおりである。
 (ア) コース決定
 運勢鑑定や婦人教養講座のチケット、物品の購入をした壮婦や青年は、ビデオ受講を勧誘され る。例えば、鑑定チケットを購入したゲストは、鑑定所において、鑑定士の運命鑑定を受ける。鑑定士は、ゲストカードを作成し、家系図を取り、姓名判断をし、因縁を解くには鑑定所に通ってビデオを見ながら真理を学ぶようなどと言って勧誘する。
 初級コース又は中級コースのコース決定をしたゲストは代金を支払う。和動員(「Bトーカー」ともいう。また、婦人教養講座から来るゲストに対するカウンセラー兼和動員を「Eトーカー」という。)は、ゲストに対し、夫や子供に尽くすよう指示する(これを「積善行」という。)。例えば、T・Yは、夫が出勤するときに玄関でキスで見送るようになった。
 (イ) 初級コース
 初級コースは鑑定所において行われる。壮婦に見せるビデオは、倉原克直の講義ビデオとは異なり、壮婦用に身近な話題を多くして分かりやすい内容となっている。初級コースにおいては、「夫婦のあり方」、「幸福について」、「霊界と因 縁」、「クリスマスキャロル」、「真の家庭のあり方」、「因縁清算の道」などの桜田講師の講義ビデオを一般映画と交えて見せる。家系図を見る役割の「Aトーカー」と呼ばれるスタッフがゲストの家系図を見て、ゲストに対し、先祖が無念の思いを残していることなどを伝える。
 (ウ) 中級コース
 中級コースは、エーデルワイス等のビデオセンターにおいて行われる。おおむね、「愛による家庭の崩壊」、「心のできあがる過程」、「不幸 の原因」、「生命に対する尊厳性」、「罪の清 算と救い」、「神の創造と人生の目的」、「氷 点」、「創造原理」、「堕落論」、「神と私達の関係」、「因縁と罪」、「終末論」、「メシヤ 論」、「復活論」、「復帰原理」などのビデオが見せられ、講師による原理講義もある。
 「愛による家庭の崩壊」は、嫁になりきれな い、妻になりきれない、母になりきれない、姑になりきれないことなどによって家庭が崩壊し子供が犠牲になっているといった内容であり、家庭の主婦が実体的生活の中で意識せずに犯している罪を自覚してもらうことが意図されている。
 「生命に対する尊厳性」では、女性にとって最も大切なものは子宮であり、女性が子宮をきれいにしているかどうかで子供の将来が決定されること、女性の思いが八五パーセント影響し、思いが遺伝すること(これを「感応遺伝」という。)、例えば、米国において、白人同士の結婚で黒人の子供が産まれたことがあるが、それは、女性がその一、二年まえに黒人男性と恋愛関係をもち、未だにその思いが忘れられなかったからであるこ と、結婚前の相手の思いが忘れきれないと奇形の子が産まれやすいこと、感応遺伝は霊人体に記憶され、例えば自殺、自閉症、ノイローゼなどの結果として現われることなどが講義される。
 「罪の清算と救い」では、血統を通してサタンが心を支配しており、自己中心の情から無私無欲の情に転換するためには、@これから新しい衣服を買わない、A梅干生活(つつましい食事とす る)、B自分の家を持たない、C.執着を捨て、神仏・先祖のために財を使う、D恨みや悲しみ、怒りを忘れる、E異性との交わりを持たない、F愛する者を犠牲にして神の願いに立つという七道の決意が必要であり、それがメシヤに会うための条件であることが講義される。
 中級コースでは、被告協会のことや、メシヤが文鮮明であることは明かされない。和動員は、ゲストから自犯罪(過去その人がしてしまった罪。例えば浮気や子供のころの性関係など。)を聞き出す。
 (エ) 上級コースないし教育トレーニング又は準  トレーニング等
 上級コースないし教育トレーニング又は準トレーニングは、いわゆる西文化センター内の成和カルチャーセンターにおいて行われる。トレーニングには、月曜日から金曜日まで毎日午前一〇時から午後三時まで受講する教育トレーニングと、週三回午前一〇時から午後一時ころまで受講する 準トレーニングがあった。ここでは、「創造原 理」、「堕落論」、「復帰摂理」、「摂理的同 時性」、「復活論」、「イエス路程」、「再臨 論」、「主の路程」、「救いと私たち」、「復帰摂理思想」の講義が、講師により直接行われる。(中略)「統一運動の展開」の講義では、「経済分野」として、セイロモータース、トンギル社、ワコム、水産業、クリスチャンベルナール、クリスチーナバン、一和、男女美化粧品が挙げられ た。
 ウ アベル・カインの教えについて
 ビデオ講義や各種トレーニングの各所において教えられる教義として、アベル・カインの教えがある。
 被告協会の教義への信仰を保持する協会員によれば、アベル・カインの教えは、アベルはカインのために愛し尽くしていき、カインはアベルに愛し尽くしていく兄弟関係にあることを意味し、カインがアベルに絶対服従しなければならないことを意味しない(乙ハ八、乙ハ九五、乙ハ九七、乙ハ一四九、乙ハ一七五、証人H・H、証人岡村信男、証人M・I、証人Y・K、証人T・K)。これに対し、脱会した元協会員によれば、被告協会の教義においては、先輩信者(アベル)ほど神に近い人であり、後輩信者(カイン)は、先輩信者(アベル)を通じてのみ神につながることがで き、先輩信者に絶対に服従しなければならないと考えていたという(証人N・M、原告ら全員)。教育過程において、基本的には、脱会者の理解に沿う講義がされていたことが認められる。例え ば、(略)
 エ 教育過程終了後
 (ア) 青年(未婚者)
 a 祝福を受けるまでの活動
 献身した信者は、各ブロック以下のさまざまな部署や、被告協会、友好団体に配属され、二四時間その活動に専念する。例えば、I・Mは、看護婦を辞めて献身し(証人I・M)、Y・Kは、菓子職人の職を辞して青年支部の活動に専従した (証人Y・K)。献身した協会員は、実家にほとんど戻らず、戻るときには、帰省先、目的、両親の状況、蕩減条件、家族構成、連絡してある住 所、日程等の欄がある帰省申請書(甲二五六)を提出して上司から許可を得た。そして、これらの活動を行う間、各部署において、協会員の社会保険料や健康保険料が支払われることはなかった (甲三一四、原告C本人)。
 祝福を受けるまでの経済・伝道活動に従事する期間は、一般的には七年間であったが、より短い期間で祝福を受ける者もいる。
 b 祝福・三日儀式
 祝福と呼ばれる国際合同結婚式が行われる。結婚は、統一原理における三大祝福のうち、第二祝福に位置づけられている。配偶者は文鮮明が選 ぶ。国際合同結婚式は、昭和六三年の六五〇〇組の祝福までは統一教会主催で行われていたが、 平成四年の三万組以後は、世界文化体育大典組織委員会が祝福行事を主催するようになった(証人岡村信男)。なお、平成九年ころから、協会員が祝福を授ける権利を与えられた(証人S・R)。
 c 具体例(略)
 (イ) 壮年・壮婦(既婚者)
 a 既成祝福を受けるまでの活動
 信者となった後、時間のある限り、チケットや呉服等の販売、教育過程の主任、和動員等の活動をした。人参販売、呉服販売等に携わった壮婦に対しては、壮年・壮婦部から公費ないし交通費等の名目で月五万円が支給された(証人N・M、証人M・I)。協会員となった後、仏教的な内容を学ぶことが今後の伝道活動に役立つと言われ、被告協会の信者であるまま天地正教の活動に従事する者もいた。(略)
 b 既成祝福
 壮年・壮婦の受ける祝福を既成祝福という。
 c 具体例(略)
 (ウ) 祝福後の生活
 被告協会の教理上、結婚式に参加し、結婚の約束をしただけでは原罪は清算されず、メシヤとともに成長し、三日儀式(夫婦が具体的に肉体関係を結ぶ場)が終わって初めて原罪が清算される。祝福を受けてから実際に原罪を清算する三日儀式までの期間は、人によって異なるが、早い人で半年、長い人で七、八年である(証人H・H)。
 平成四年三月一一日改訂の「祝福の意義と価 値」と題する家庭修練会用講義テスト(甲二二 一)がある。そこには、「祝福後の公式路程」として、@婚約及び聖別期間、A完成期の七年路 程、Bアベルの子女とカインの子女、C本然の四位基台、Dホーム・チャーチ、E氏族復帰という項目があり、協会員は、祝福を受けた後も、様々な役割を果たすことが期待されていることがうかがわれる。
 平成一二年三月ころに作成されたと推認される「聖本の意義(四一回真の父母の日)」と題する書面(甲四六八)がある。そこには、「(1)神様から「善悪の果を取って食べてはいけない」と警告された御言をエバが不信仰して堕落した。それゆえエバ(日本)が失われた御言を復帰しなければいけない。失われた御言を復帰するのが「聖本」摂理であるがゆえに、「聖本」は一番最初に日本(エバ国家=母の国)に下さった。(2)「三億六千万双祝福式」を日本で勝利できなかった為に、日本は既に離婚された状態である。しかし余りにもかわいそうなので、もう一度再祝福する為に七七七名を済州島に呼んで下さった。再び帰って来た者を迎えて、もう一度連結しないといけない。それを結ぶ為の条件が「聖本」である。(中略)との記載がある。協会員は、こうした教えの下、聖本と称する文鮮明の教えを記載した書物を授かるため、多額の献金を求められ、現に献金した者もいることが推認される。
 オ 伝道方法の見直し
 H・Yは、被告協会に対する批判が高まり、伝道される人が少なくなった時期に、アベルからの指示により、それを打開する一つの方法として、被告協会の者であることを明かしてアンケートを取ったことがあるが、アンケートに答えてくれる人の率は下がり、内的な力のあるような人はほとんど伝道されなくなり、一風変わった人などが伝道されるようになったという(証人H・Y)。
 また、平成六年九月から三か月間、被告協会に伝道隊が創設され、伝道活動をしたことがある。伝道隊は、主体が被告協会であることや、統一原理を学ぶことを全面的に明らかにして伝道した (証人H・Y、証人H・H)。
 (3) 協会員の活動戦略
 北海道西九支部の作成に係る一九九二年度方針案なる文書(甲二〇二)があり、これには、九一年度の総括として、伝道問題、教育問題及び経済問題に分けて問題点の指摘と課題が記載され、九二年度の戦略と方針として、伝道の目標人数、経済の目標金額と思われる数値が記載され、その戦略中には、各種展示会開催の予定やその際の要点が詳細に記載されている。また、西七支部の戦略書なる各月ごとに作成する文書(甲一八七、甲一九三)には、コース決定者、四回までの来館者、ツーデイズ参加者、フォーデイズ参加者、入会 者、献身者と思われる者の人数の目標が具体的に掲げられ、基本方針の記載に続いて、各部の目標が記載され、経済の項には、具体的な金額が定められている。また、西九支部方針と題する各月ごとに作成する文書(甲一九六)には、伝道の人 数、献金の額が、菊水青年部の作成に係る戦略書と題する毎月作成する文書(甲二〇一)には、伝道と経済活動の目標数値が記載されている。

三 原告らに対する協会員の行為
 (1) 原告A
(以下略)
 (17) 原告B
 前記認定事実に加え、甲一八六の一ないし七、甲二三七、乙ハ九三、乙ハ九五、証人Z、証人H・H、原告B本人及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
 ア 原告Bが協会員と関わる以前の状況
 原告Bは、昭和六三年三月、長沼高等学校を卒業したが、短期大学の受験に失敗し、同年四月から、札幌市白石区南郷通七丁目のアパートで一人暮らしを始め、日本ビジネス総合専門学院のアプリケーションビジネスコースに通っていた者で、同年五月当時、一八歳の独身女性であった。
 イ きっかけとしての訪問アンケート
 協会員のN・U及び谷口は、昭和六三年五月二九日、原告Bのアパートを訪れ、「生活意識調査のアンケートに答えてほしい。」と述べた。原告Bは、過去二回、同様のアンケートに答えたことがあったが、その際、ビデオセンターに誘われることはなかった。原告Bがアンケートに応じて話をするうち、「占いや映画などイベントもやっているので、You&Iというビデオセンターに来てみないか。」と言われた。原告Bは、暇であ り、二人が「とにかくどんなところか一回見てほしい。」と言うので、行くだけ行ってみようと思い、被告協会の関係するところとは知らないままに、You&Iに赴いた。
 原告Bは、You&Iにおいて、窓際の席に案内され、約一時間ほどビデオセンターの説明を受け、受講を勧められた。原告Bは、通っていた専門学校に部活やサークルがなかったので、こういうところで何か習うのもいいかなと思い、受講を決めた。すると、入会金三〇〇〇円を請求され、原告Bは、所持金が不足していたので、次回に申込みをしようと思ったところ、N・Uが「私が貸します。」と言い、今日中に申込みをするよう勧めた。原告Bは、随分親切だな、悪いなと思いながら受講カードを書いた。原告Bは、翌日、ツーデイズまでの費用として、二万五〇〇〇円を支払った。原告Bは、受講につき、「親や友人に言わない方がいい。」と言われた。
 ウ 教育過程
 (ア) ビデオ受講
 原告Bは、学校が終わるとすぐにビデオセンターに通うようになった。N・Uは、こまめに顔を出し、原告Bに対し、ノートやしおりなどをプレゼントした。原告Bは、それまで宗教に対して関心もなく、宗教的なことに触れる機会もなかったが、ビデオを見るうち、宗教ではないかとの疑問が生じたものの、担当の主任はこれを否定した。原告Bは、主任に対し、親子関係が良くなくて家庭に不満を持っていることなどを話した。原告Bは、ビデオの内容にそれほど感動したり、強い印象を持ったりはしなかったが、堕落論において、すべての悪の根源がアダムとエバの時ならぬ時に犯した性的関係が原因であったという結論に納得し、その後の主任の説明において示された堕落性本性を見て、自分が堕落した結果生まれてきた人間であることを強く感じた。原告Bは、家系図をとられ、先祖の因縁を晴らす使命があるなどと言われた。
 原告Bは、実兄にツーデイズのことを話したことがあったが、実兄から、「そのまま続けるとお金もかかるし抜けられなくなる。」などと言われたため、次の段階に進むことはやめようと思っ た。
 (イ) ツーデイズ
 原告Bは、昭和六三年六月一七日から同月一九日までの札幌ハイツでのツーデイズに参加した。講義の内容は、既にビデオセンターで学習していたものと同様であったので、原告Bにとって、特に印象に残るものはなく、原告Bは、第一日目の面接の際、実兄とのやり取りもあったことから、次の段階であるライフトレーニングへの参加の意思がないことを伝えた。しかし、第二日目、原告Bは、講師であるZが汗まみれになりながら真剣に語る様子と会場全体に伝わる熱中した雰囲気にいつの間にか講義の内容に引き込まれ、今までに味わったことのない高揚した気分になった。いよいよメシヤが明かされる段階まで来たとき、講師から、この続きを知りたい人はライフトレーニングとフォーデイズに進むようにと言われ、原告Bは、参加する気のなかったライフトレーニングに進む決心をした。
 (ウ) ライフトレーニング
 原告Bは、頭金五〇〇〇円を支払い、後日残金二万円を支払って、ニューホープセンターでのライフトレーニングに参加した。原告Bは、以前と同様の講義が繰り返されたので、当初はあまり真剣ではなく、いつメシヤが明かされるのかと思 い、興味はそこに集中していた。原告Bは、参加予定のフォーデイズが学校の試験期間と重なっていたので、班長に対し、次の機会に参加したいと伝えたところ、「今が時だから。」、「真理への扉は今閉じかかっているのだから。」などと言われ、本来受けなければならない試験を先生に頼んでレポートにしてもらい、フォーデイズに参加することとした。そして、主の路程の講義があり、メシヤが文鮮明であることが明かされた。原告Bは、文鮮明が日本に留学した際に特高警察に受けた拷問の様子や、日本が韓国に対して行った迫害等に強烈な印象を受けた。講義の後、統一運動のビデオが見せられ、原告Bは、希望のない堕落世界に光がさしたような感覚を持った。
 (エ) フォーデイズ
 原告Bは、昭和六三年七月中旬ころ、支笏湖ユースホステルでのフォーデイズに参加した。進行はH・Hであった。原告Bは、講義の内容が以前の繰り返しであったため、睡魔と戦いながら受講したが、H・H主任の献身するまでの証しに感動した。講義のクライマックスを迎えたとき、原告Bは、もう学校になんて通っている場合ではな い、早く献身して真理を伝えなければならないという意識が絶頂に達した。原告Bが、班長面接において、その旨を伝えると、班長は、学生には学生の使命があるからその心情は大切にしてほしいと言われた。
 (オ) 新生トレーニング
 原告Bは、ニューホープセンターでの新生トレーニングに参加した。原告Bは、前半は学校の講義や試験があり、あわただしい生活を送り、試験が終わって夏休みに入ると、日中は原理講論を読んだり、ビデオを見たりニューホープセンターで飼っていた文吉という犬の散歩に出かけたりし た。ある時、原告Bは、高校時代の友人と母校の学校祭に行くことを約束していたので、実家に帰りたいと班長に伝えたところ、班長は、「MZさん(注・原告Bの旧姓)、今大切なことは一体何だと思うの。今一番何を優先しなければならないの?」と言われた。原告Bは、自分が行きたいとかやりたいと思う自己中心的な考え方ではいけない、自己の欲求を諦めなければならないと自覚した。心情解放展において、原告Bは、学生部のチームマザーであるY・Uと面接し、決意を語り、どんと焼きに参加した。
 トレーニングが後半に入り、原告Bは、札幌教会に赴き、被告協会に入会し、入会金一〇〇〇円を支払った。その後、徐々に実践についての講義や伝道対象者のリストアップが始まり、原告B は、友人をビデオセンターに動員したり、街頭アンケートの活動をしたり、班長に連れられて展示会に行き、一万七〇〇〇円のパールのプチネックレスを購入した。
 (カ) 実践トレーニング
 原告Bは、三万五〇〇〇円の費用を支払い、 アカデミーセンターでの実践トレーニングに参加し、学校が終わってから街頭伝道や展示会の動員をした。原告Bは、親を展示会に動員し、買ってほしいと頼んでいるとだんだん涙声になっていったが、結局購入には至らなかった。原告Bは、自分の信仰条件が足りなかったと悔い改め、祈祷をし、この悲しみが神の心情であると感じた。原告Bは、実践トレーニングの途中で、学生指導者修練会というセミナーに参加し、参加費一万二〇〇〇円を支払った。
 エ 実践過程
 (ア) 学生部
 原告Bは、昭和六三年九月から平成二年三月までの間、学生部に所属し、アパートを引き払って札幌市豊平区平岸二条三丁目の明日花荘に入居した。入教費は月四万二〇〇〇円であった。原告Bは、親には、今のアパートが日当たりが悪く引っ越したいと思っていたときに友人が住んでいる下宿に空きがあると言われたのでそこに住みたいと説得した。原告Bは、毎日のように街頭伝道や訪問伝道に明け暮れ、睡眠不足の生活が続き、平成元年ころからは、班長や新規トーカー等の責任分担を任され、ますます睡眠不足となった。平成元年九月、Zが学生部長に就任したころ、原告B は、班長として積極的に活動し、展示会におけるチェッカーという立場を任され、集計等を行っていた。また、原告Bは、月例献金や礼拝献金、特別献金等、合計八万円以上の献金をした。
 原告Bは、献身を目の前にして、両親を安心させるため、就職先が世一観光株式会社であると伝え、その社員研修でお金がかかるといって約一八万円を両親に出してもらい、四泊五日の韓国旅行をした。原告Bは、帰国後、三万円の参加費と三万五〇〇〇円の旅費をかけて千葉県で行われた二一修練会に参加した。二一修中、原告Bは、一日中茶の販売活動を行ったことがあった。
 原告Bが勧誘してコースに参加した者は四、五パーセントであったが、ほとんどの者は中途でやめてしまった。
 (イ) 伝道機動隊
 原告Bは、平成二年三月、専門学院を卒業後、伝道機動隊に所属し、四か月間、珍味売りをするなどした。当時の伝道機動隊の隊長はH・Hであった。
 (ウ) フレッシュワールド
 原告Bは、平成二年九月、フレッシュワールドという部署に所属し、二か月間、「フレッシュワン」という冷蔵庫の脱臭剤のレンタル活動をし た。脱臭剤のレンタルは、二か月ごとにアフターをしながら、印鑑や健康展につなげ、ニードにある人に伝道する目的があった。
 (エ) マイクロ隊
 原告Bは、平成二年一一月、北海道マイクロ隊に所属し、一か月ごとに一〇〇万円の目標を目指してワゴン車に寝泊まりしながら全道各地を夜中まで珍味を売り歩いた。原告Bは、肉体的精神的に最もつらい部署であり、三、四時間の睡眠時間しか与えられず、キャプテンに怒鳴られながら、泣きながら救いのためと思って売り歩いた。実績の上がらないときは、チーム全体が食事抜きとなることもよくあった。労働の対価は支払はされ ず、月々小遣いとして一万円余りの支給を受けるにとどまり、また、健康保険にも入っていなかった。
 (オ) 勝共活動
 原告Bは、平成三年一月、アラスカ隊という部署に所属し、勝共連合のメンバーとともに、山梨県知事選挙において自民党推薦の小沢澄夫の後援会活動として、約二週間、一軒一軒歩いて後援会への入会を勧誘した。その後、北海道に戻り、原告Bは、苫小牧において勝共カンパを募る活動をした。「戦争をなくすための平和運動で署名と募金をお願いします。」と言って、一口一〇〇〇円の募金を集める活動であったが、そのころ、湾岸戦争に便乗した悪質な募金活動が行われているなどの新聞記事が掲載された。
 オ 脱会
 原告Bは、母方の祖父の訃報を受け、翌朝実家に戻り、通夜に参加した後、両親によって札幌市白石区南郷一三丁目のマンションに連れて行かれた。原告Bは、約三週間、自由に出入りすることができない状態の中で、親戚やパスカル・ズィビィの話を聞き、被告協会を脱会する決意をした。
(中略)
 (19) 原告C
 前記認定事実に加え、甲三一四、甲三四四、乙ハ九八ないし一二一(枝番を含む。)、乙ハ一二三の一、二、乙ハ一四九、証人T・K、原告C本人及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
 ア 原告Cが協会員と関わる以前の状況
 原告Cは、昭和六三年七月当時、二九歳の独身女性であり、両親と同居して会社に勤務してい た。原告Cは、以前、転職を決意して、POPライターの勉強を始めたが、なかなか職がみつからずに無職の状態が続いたが、当時の仕事について自分を生かせていると感じていた。また、原告Cは、両親が不仲であり、自分の結婚のために別れずにいる状態にあると感じていた。
 イ きっかけとしての街頭アンケート
 (ア) T・Kは、母親が協会員となり、自らも昭和六一年四月からYou&Iに通い始め、昭和六二年、ファイブデイズに参加後、被告協会に入会し、同年春から学生部に所属し、昭和六三年三 月、大学を卒業後、伝道機動隊に所属してアンケート活動を中心としてビデオセンターの紹介に専従していたところ、同年七月一七日、大通付近を通りかかった原告Cに「アンケートお願いしま す。」と声をかけた。原告Cは、T・K秋が世間ずれしていない様子の新入社員のように見え、何となくかわいそうに思い、立ち止まってアンケートに答えた。T・Kは、原告Cの話を興味深く聞き、「へえ、すごいですね。」などとしきりに相づちを打った。三〇分以上立ち話をしたところ、T・Kは、カルチャーセンターの話をし始め、 「この世界のすべての問題の原因がここで勉強すると分かるようになるんです。」ときっぱり言い切り、リーフレットを見せながら、ここからすごく近いのでこれから行ってみませんかと言った。原告Cは、用事があったことや警戒心から、すぐには行けないと答えた。T・Kは、「それじゃあ明日にでも。」と言ったが、原告Cは、その後一週間ほど予定が立て込んでおり、いつ行けるか分からないと答えた。すると、T・Kは、手紙を出していいかとか、電話をしてもいいかと尋ねたので、原告Cは、会社の電話番号を教えた。
 その日から数日後、原告Cは、T・Kから手紙を受け取り、さらに数日後、電話を受けたので、カルチャーセンターに行く日を決めた。
 (イ) 原告Cは、T・Kと待ち合わせをして、昭和六三年七月二八日午後七時過ぎころ、カルチャーセンターYou&Iに赴いた。T・Kは、You&Iにおいて、原告Cに対し、担当者である佐伯を紹介した。佐伯と原告Cは、普通の話から死後の世界の話や自分の家庭の話などをした。そして、佐伯は、原告Cに対し、ビデオセンターの説明をし、T・Kとともにしきりに受講を勧めた。原告Cは、断ろうとしたが、「愛について」というビデオを見せられた後、前にも増して迫ってくるので、午後一〇時過ぎころ、被告協会の関係するところとは知らないままに、根負けして受講することにした。申込金が三〇〇〇円であるとのことであり、原告Cが一〇〇〇円しか持ってきていないことを告げると、佐伯は、T・Kに対し、 「じゃあ、T・Kさん立て替えて。」と当たり前のように言った。原告Cは、明日必ず支払うのでそこまでしなくてもいいと言ったが、T・Kが、「僕はいいですよ。」と気軽に答えたので、借りることにした。
 ウ 教育過程
 (ア) ビデオ受講
 原告Cは、翌日からYou&Iに通い始めた。担当の主任であるT・Mは、原告Cが来るととても嬉しそうに迎え、原告Cの話を興味深げに聞 き、原告Cの髪型や服を褒め、手作りのしおりや絵葉書を渡したこともあった。原告Cは、T・Mと話すのがとても楽しかった。T・Kは、原告Cの会社に電話をかけたり、You&Iで会った時に話したりした。原告Cは、ビデオの内容にほとんど興味がなかったが、堕落論からとてもおもしろいと思うようになった。
 ツーデイズが近くなったころ、T・Mは、原告Cの家系図を見て、女系で絶家である、武士の家系なので殺傷因縁と色情因縁がある、原告Cには先祖を救う使命があるなどと言った。ツーデイズ前にとられたアンケートに、転職したいと思う か、との質問があり、原告Cは、このようにしてヘッドハンティングをしているのなら、がっかりだと思った。ツーデイズ前の面接において、原告Cの手相を見たスタッフは、「情が深いから、善くも悪くも男性が寄って来る。」と言った。ツーデイズの前日、T・Mがライフトレーニングの話をしたが、原告Cは、毎日通わなければならないことなどから断った。しかし、T・Mから、「毎日通うのは大変だけれども、それが何年も続くわけではないのだから。」と言われ、原告Cは、 「それもそうだな。」と思った。T・Kは、「You&Iで勉強していることはあまり人には言わない方がいいですよ。」と言っていたが、原告Cは、何か怪しい気もしていたことから、親に対 し、アンケートで知り合った人の紹介でカルチャーセンターに通っている、そこの主催している泊まりがけのセミナーに参加すると話していた。
 原告Cは、昭和六三年八月二五日、T・Kか ら、着物の展示会に誘われ、同月二九日、展示会に赴いたが、購入には至らなかった。
 (イ) ツーデイズ
 原告Cは、昭和六三年九月一六日、ツーデイズに参加するためYou&Iに赴き、バスに乗っ た。札幌ハイツに着くと、歌やゲームがされ、進行であるY・Kから様々な注意事項が話された。原告Cは、その夜は興奮と不安でほとんど眠れなかった。
 翌日、佐藤講師の講義が始まると、原告Cは、ビデオで既に習った内容とは思えない新しい感動を次々に味わい、夢中になって聞いた。班長面接において、原告Cは、班長から、佐藤講師が、原告Cの家系に非常に功労の高い先祖がいること、原告Cの講義を受ける姿勢がいいこと、フォーデイズにも参加してほしいと言っていたこと、佐藤講師がここまで言うことはめったにないことなどを聞かされ、嬉しく思った。
 第二日目のイエス路程の講義では、泣き出す女性が多かったが、原告Cは、作られた雰囲気を感じ、涙は出なかった。しかし、原告Cは、歴史の同時性の講義に感動した。再臨主はもう生まれている可能性があり、一体、どこの国の誰なのか、それはもっと勉強すれば分かりますというところで講義は終わった。ウエルカムパーティにおい て、原告Cは、この先が知りたくてたまらなかったので、T・Kが持ってきたライフトレーニングの申込書に名前を書き、申込金を支払った。
 (ウ) ライフトレーニング
 原告Cは、昭和六三年九月一九日、テニススクールの後、T・Kと待ち合わせてニューホープセンターに赴き、渡された書類にツーデイズの感想等を記載し、スケジュールの説明を受けた。別れ際に、T・Kは、原告Cに手紙を渡した。その内容は、ツーデイズに出て喜んでいる原告Cを見てT・Kも神を感じたというものであった。翌日は開講式ということであったが、原告Cは、会社の友人と洞爺に行った。次の日である同月二一日、原告Cは、ニューホープセンターに寄り、岡本班長と話した。帰り際に、岡本班長は、原告Cに手紙を渡した。その内容は、今日は旅行の帰りで疲れているのにライフトレに来てくれてとても嬉しいというものであった。(中略)
 (エ) フォーデイズ
 原告Cは、昭和六三年一〇月一二日、フォーデイズに出発した。原告Cは、会社に対しては、本州の親戚の結婚式に出席するためと言い、家族には、友人と函館に旅行すると言った。原告Cは、講義中、睡魔に襲われたが、お父様の詩の朗読の際、突然、どっと涙が出た。(中略)
 (オ) 新生トレーニング
 原告Cは、昭和六三年一〇月一七日、新生トレーニングの説明会に参加した。原告Cは、泊まり込んでいなかったので、毎朝、班長に電話連絡するように言われた。同月二〇日、原告Cは、講義中、渡辺班長に呼ばれ、お父様から緊急の摂理が出された、是非原告Cにやってもらいたいことがある、摂理のためにお金が必要だ、多ければ多いほどいいと述べて貯金額を聞かれた。原告Cは、いずれ献金しようと思っていたので、ほぼ貯金額である二〇〇万円を献金することにした。(中 略)同年一一月七日、被告協会の札幌教会において入会式があり、原告Cは被告協会に入会した。同月一一日、閉講式が行われた。
 (カ) 実践トレーニング
 原告Cは、昭和六三年一一月一二日、児玉班長と待ち合わせてアカデミーセンターに赴いた。原告Cは、展示会の動員リストと伝道リストを作成し、母親と、会社の同僚であるT・U、同じく同僚のH・Nを展示会に動員し、呉服を購入させ、展示会のない日にはほとんど毎日伝道活動を行った。(中略)
 平成元年一月から同年四月ころまで、原告C は、教育トレーニングを受けたり、献身前のコースであるグリーンベレーに所属したり、その中間のコースを受けたりした。原告Cは、松下館長と面接し、献身の準備のために家を出る計画を立 て、親に対し、親元を離れていろいろと考えてみたい、竹井という友人とともに第四桂コーポというアパートに住むなどと話した。第四桂コーポ は、アカデミーセンターのすぐ近くにあり、原告C以外にも、そこに住んでいることにしている協会員がいた。原告Cは、同年五月三〇日から、アパートに自分の荷物を少しだけ置いて、実際にはアカデミーセンターに住むようになった。
 エ 実践過程
 (ア) 伝道機動隊
 原告Cは、平成元年八月に献身することを決 め、同月二〇日ころ、会社を辞めて献身した。家族には、これまでと同じPOPの仕事をするということにした。これから献身するメンバーだけを集めたDKワークショップが札幌教会で開かれ た。原告Cは、同月から伝道機動隊に所属し、 ホームに移動し、街頭での伝道活動や、展示会の手伝い、珍味売りなどを行った。(中略)
 (イ) 北海道マイクロ
 原告Cは、平成元年一二月、北海道マイクロに所属するようになり、月寒のホームに移動し、珍味売りをした。その生活は、前認定のとおり、苛酷なものであった。
 (ウ) 伝道機動隊
 原告Cは、親には、一週間くらい函館で研修すると言い、一週間が過ぎると、実はもう少しかかるなどと電話したが、父親がEISに乗り込んだため、一か月もたたないうちに札幌に戻り、伝道機動隊に所属することとなり、ほとんど毎日実家に帰って両親に説明をした。(中略)父親から何を言われようと、活動を辞める気にはならなかった。
 同月から、伝道機動隊から珍味のキャラバンを出すこととなり、原告Cはその活動に従事した が、北海道マイクロと比較して、その基準の低さに悲しくなった。
 (エ) EIS
 原告Cは、平成二年二月から、EISに所属 し、受付・食当・統計の活動をするようになっ た。いつ祝福があってもいいように、月に一回、札幌教会で未祝福者研修が行われた。原告Cは、成約断食を行い、写真を撮った。巡回師との祝福に関する個人面接が行われ、原告Cは、相対者の希望として、日々(日本人同士という意味。)を希望したが、巡回師から説得され、国際(できれば韓国人という意味。)を希望することとし、祝福の費用について聞かれた際、多分親は出してくれると思うと答えた。巡回師は、七〇万円ないし一〇〇万円はもらってほしい、と言った。
 (オ) 脱会
 原告Cは、平成三年四月六日、両親や妹夫婦によって、実家の近くのマンションに連れて行か れ、一週間か二週間ほど自由に出入りできない状態の下、大久保と名乗る牧師や、山本と名乗る牧師、脱会者、パスカル・ズィビィの話を聞くなどして、被告協会を脱会する決意をした。原告C は、同年五月中旬、EISに荷物を取りに行き、スタッフに脱会の決意を伝えたところ、部外者として扱われ、原告Cの荷物もすべては返還されなかった。
(略) 


四 協会員の行為の違法性
 (1) 特定の宗教の信者が、その属する宗教団体への加入を勧誘し、教義の学習を勧奨してその費用を収受し、献金を慫慂してこれを収受し、宗教団体の活動への参加を求めることは、信教の自由により保障された宗教活動ということができる が、他面、それらは、その相手方の信教の自由を始めとする基本的人権を侵害するおそれもあることにかんがみると、自ずから内在的な制約があることを免れない。そして、それらの宗教活動が、社会通念に照らし、外形的客観的にみて不当な目的に基づくものと認められ、また、その方法や手段が相当と認められる範囲を逸脱し、その結果、相手方に損害を与えるおそれがあるような場合には、たとえそれが宗教教義の履践の名の下に行われたものであっても、信教の自由としての保護の域外にあるものとして、違法性を有すると判断すべきものである。特に、その不当な目的が巧妙に秘匿されているため、善意の相手方が個々の行為について外形的に任意に承諾していると認められる場合であっても、その目的を知った場合にもなおこれに承諾を与えたであろうと認められる特段の事情がない限り、その承諾の存在は、何ら上記の違法性の判断を妨げるものではない。
 (2) 本件の原告らは、いずれも時期を異にして被告協会への加入を勧誘されて加入した者であ り、その加入に至る経緯はいずれも事情を異にしている。しかし、前記認定のとおり、被告協会の協会員による原告らに対する加入の勧誘等は、組織的体系的に整然と行われていることに注目すべきである。
 その勧誘等の手段方法について指摘すべき特徴的なことは、第一に、その勧誘等の方法が、長年の組織的勧誘等の経験に基づいた手法に基づき、組織的体系的目的的に行われているという点である。すなわち、毎月の動員、献金、販売等の目標を定め、その達成のため、宗教教義の勧誘であることを厳に秘匿して行う友人からの電話のほか、街頭アンケートや各戸訪問における手相、占い、姓名判断などでの反応を契機として、人生相談や各種占い、あるいは生涯学習、カルチャーセンターの名のもとに、被告協会の教義を伝道する目的で設置されたと認めるべきビデオセンターへと言葉巧みに導き、そこにおいても宗教教義の伝道活動であることを悟られないように各種教養・娯楽ビデオを混入させつつ、被告協会の教義に関心を持たせるように、また、その教義を正当として受け容れやすいような被告協会の教義に関するビデオを視聴させたうえで、さらなる学習意欲や好奇心をかきたてる。そして、いずれも周到な準備と計画の下に企画されたプログラムである。未婚者については、余人を排した合宿等の形式によるツーデイズ、ライフトレーニング、フォーデイズからさらに新生トレーニング、実践トレーニングを経て実践活動へと、既婚者については、同様に初級、中級、上級コースから実践活動へと、言葉巧みに導き、この間、善良にして親切で明朗な協会員による親身の指導と激励や賞賛の中で高揚感溢れる連帯意識を醸成して心情的帰属意識を植え付ける一方、過程ごとに受講者の感想を集約してその教義の浸透度を確認把握する中で、その悩みや弱点、本人や家族先祖の病歴や不幸な歴史、さらには心情解放展と称して本人が過去に抱いた罪障感を巧みに告白させ、探索したうえ、被告教会の教義とは直接の関連のない手相、姓名判断や家系図等を用いた根拠も疑わしい因縁話などにより、その心理的弱みを巧妙に突いてその不安を煽るなどして畏怖困惑させ、宗教的救いを希求する心情をかきたてて、被告協会の教義の学習の浸透を図ってきた。また、これらの過程で、相手方の信頼ないし無防備に乗じ、様々な機会を利用してその資産や収入を把握しつつ、財産などの経済的物質的利益に執着する卑しさを強調して、陰に陽に献金の慫慂をし、あるいは物品の販売をしてきた。このように、被告協会の協会員による被告協会への勧誘等の方法は、個々の勧誘等の行為それ自体を個別的外形的に観察する限りは、詐欺的強迫的手法を用いていることが明らかなものを除いて は、本人も承諾納得の上での任意の選択を求めるものであって、それ自体の違法性を論ずることができないようにも見えるが、その勧誘方法が信者獲得という一定の目的のもとに、あらかじめ周到に準備された組織的体系的目的的なプログラムに基づいて行われているという前記のような事情に照らせば、その勧誘等の手段方法の違法性を判断するに当たっては、その個々の勧誘等の手段方法の違法性だけを論ずれば足りるものではなく、その勧誘方法全体を一体のものとして観察し、その一部分を構成する行為としての位置付けの中でその部分の違法性を判断することが必要であるというべきである。
 第二の特徴は、被告協会の協会員は、上記のように組織的体系的目的的に宗教団体である被告協会への加入を勧誘等するに当たり、当初はこの点を厳に秘しているという点である。前記のとお り、被告協会への勧誘の初期段階においては、宗教団体の活動であることはもとより、宗教に関する勧誘であることさえ秘匿するばかりか、特定の宗教教義に関する伝道ではないか、あるいはま た、宗教そのものの宣伝ではないかと尋ねられた際に、その者の宗教的寛容性の程度に関わりな く、これを完全に否定する態度を堅持し、あるいは巧妙にはぐらかす一方で、プログラム内容について外部の親子や夫婦に話をしないように言葉巧みに指導していたのであるが、これは、勧誘に当たっての欺罔的手段を弄したものといわざるを得ない。この点について、被告協会は、我が国における宗教的なものに対する根強い拒絶反応があることや被告協会に対する偏見が流布されていることから、当初の勧誘に当たっては、宗教であることを敢えて告知することなく勧誘していたというのである。なるほど、上記のような理由は、宗教教義の伝道活動に当たって、宗教性をことさらには告知したり明示したりせずにこれを行う必要性があることを示すものであると認められるから、伝道活動の方法が相当である限りは、そのことのゆえに上記のような方法が伝道活動としての相当性を欠くとまで断ずるのは適当ではなかろう。 しかしながら、たとえば、非宗教的な思想のように、一般には、歴史的、経験的、科学的な合理 性、論理性に基づく論証が可能であると考えられるものについては、その学習のいかなる段階においても、自らのあるいは第三者からの批判的な検討の結果に基づき、その科学的論理的な誤謬を見いだすことによって、その正当性を否定してその思想への傾倒を断ち切ることは可能であると考えられるのに対し、宗教上の教義の場合には、一般的には、超自然的事象に対する非科学的、非合理的な確信に由来する信仰に基づくものであると考えられるため、その学習段階によっては、自らはもとより第三者からの批判的検討によっても、その科学的論理的な誤謬を指摘することが極めて困難であるばかりか、被告協会のそれのように、宗教教義からの離脱を図ること自体が罪悪であるとの教義を内包している場合には、その教義そのものがそれからの離脱を阻止する心理的に強度なくびきとなって、より一層、その教義への傾倒を断ち切り難い場合が生じるものと考えられる。これを要するに、宗教教義の勧誘の場合には、個人差が大きいものと推測されるとはいえ、宗教教義とは知らずに、したがって、意識的目的的な検証の機会を持つことができないままにこれを普遍的真理として受け容れてしまった者に対し、後になって、それが特定の宗教教義であることを明らかにしてみても、すでにその教義を真理として受け容れて信仰している以上は、外部の者がその誤謬を言い立ててみても、その客観的な検証の術がない以上は、科学的論理的説得をもってしても、その宗教教義からの離脱を図ることは通常極めて困難というべきであって、こうした事態に立ち至る可能性があることにかんがみると、それは、その者の信仰の自由に対する重大な脅威と評価すべきものということができる。宗教上の信仰の選択は、単なる一時的単発的な商品の購入、サービスの享受とは異なり、その者の人生そのものに決定的かつ不可逆的な影響力を及ぼす可能性を秘めた誠に重大なものであって、そのような内心の自由に関わる重大な意思決定に不当な影響力を行使しようとする行為は、自らの生き方を主体的に追求し決定する自由を妨げるものとして、許されないといわなければならない。したがって、宗教教義の伝道に当たって、宗教教義であるかどうかを尋ねられてもこれを意図的に否定するというような積極的な欺罔行為を施した上、あたかも特定の宗教上の教義を超えた普遍的真実を流布しているという外形をまとって伝道するような行為については、被告協会の主張する上記のような事情を考慮しても、伝道の方法としては許容し難い不公正な方法であるとの批判を免れない。
 第三の特徴的な点は、被告協会の協会員がその勧誘に当たって、被告協会の宗教教義とは本来関連がないような手法を駆使し、その教義上からも根拠があるとは考えられないような害悪を告知するなどして、欺罔威迫するという勧誘等の方法を用いていることである。すなわち、被告協会の協会員は、原告らに対する伝道活動に当たって、 被告協会の教義とは本来関連がないというべき手相、姓名判断や家系図鑑定をほとんど例外なく行っているが、その判断や鑑定を行う者は、単に市販されている本や内部のマニュアル本を学習し、先輩の講義を受けただけであるにもかかわらず、もっともらしい鑑定等を行うばかりか、時には、あたかも、斯界の権威であるかのように霊能力を偽装し、虚偽の事実を告知して鑑定等を行い、その伝道活動への関心を煽ったり、教義上の根拠のない害悪を告知して献金や物品の購入を迫ったりしている。こうした行為は、その教義の伝道方法としての相当性を欠いているというべきである。とりわけ、こうした行為が、いわゆる霊感商法といわれる詐欺ないし恐喝行為というべき勧誘方法と類似した手法を、被告協会の協会員の勧誘のマニュアルとして踏襲した結果とうかがわれる点 は、その違法性を判断する上で見逃すことはできない。
 (3) 次に、被告協会の信者による一連の勧誘行為の目的について検討する。
 その勧誘の目的は、被告協会の信者となる協会員の獲得であることは明らかである。問題は、その獲得した協会員の行う活動にある。協会員は、上記のような不公正な手段を駆使してでも、さらに新たな協会員の獲得のために活動することが求められる一方、万物復帰を始めとした宗教教義の名の下では抗い難い献金や出捐が間断なく、また時には、自らの資産や収入から考えると不相当というべき献金が求められるだけでなく、その修行過程のプログラムとして、それ自体が被告協会の教義とは直接の関連性があるとは認められない各種商品(印鑑、宝石、毛皮、絵画、茶、化粧品、サウナ設備、浄水器、珍味)の販売活動や目的を偽った募金活動などに従事することが組み入れられ、その積極的な活動が執拗に求められることである。そして、その販売活動に当たっては、常に客観的にみても達成が困難と考えられるような販売目標を、それも動員人数と売上金額を各人ごとに定めることになっており、その目標の到達のために、極端な例としてはキャラバン隊にみられるような肉体的精神的限界を極め、あらゆる手段を尽くすことが求められる一方、そのような労役の提供に見合うような対価の支払は一切ないに等しいばかりか、原告らの多くは、自ら購買者となって、その売上げに協力することが求められ、ま た、一連の活動の過程においては法規に触れることも厭わないものとされ、その目標の成就すなわち集金活動の成功こそが信仰のあかしとさえ受けとられるような体系に組み入れられている。このような経済活動が一時的偶然的なものではなく、また、特定の宗教上の必要に迫られたものあるいは宗教教義そのものの現実化とみるべき事情もなく、むしろ、これを外形的客観的に見る限り、経済的利得のために、宗教教義の名を冠して、労働法規を始めとする強行法規を潜脱しようとしていたものといわざるを得ない。とりわけ被告協会の教義その他公式に関係者が表明している言説を見る限り、伝道の対象を特定の者に限っていたものではないと思われるのに、実際には、身体の不自由な者、病者など精神的救いの伝道の契機があると考えやすい人達を逆に類型的に伝道対象者から除外する指導がされていたことは、その伝道が純粋に宗教的目的に出たものではなかったことを如実に物語っている。
 こうした経済活動について、被告協会は、被告協会の教義にいう万物復帰が意味するところとは異なるものであり、被告協会が信者に経済活動を行うことを求めることはないと主張している。この点は、前提事実に記載した被告協会の機関誌に掲載の被告協会関係者の言説と整合するのかどうか明らかではないが、被告協会が主張するとおりであるとすれば、むしろ、被告協会の協会員ら は、原告らに対し、被告協会の教義であるとか、教義に沿うなどと偽りを言って、原告らに対し、上記のような献金を奨励し、経済活動等を行わせたものであって、それ自体が欺罔行為というべきである。
 いずれにせよ、被告協会の協会員が、協会員となった原告らに求め、あるいは求めようとしていたものは、上記のような勧誘、献金及び経済活動なのであって、これを外形的客観的に観察して直截に表現すれば、原告らの財産の収奪と無償の労役の享受及び原告らと同種の被害者となるべき協会員の再生産という不当な目的にあったということになる。
 (4) 以上の認定判断に基づいて本件の原告らに対する一連の勧誘活動等を見ると、結局、それらは、原告らの財産の収奪と無償の労役の享受及び原告らと同種の被害者となるべき協会員の再生産という不当な目的に基づきながら、これを秘匿した上、人の弱みに巧みにつけ込み、宗教教義とは直接の関連のない不安を煽り立て畏怖困惑させながら、信仰に到達し得る段階までは被告協会という宗教団体の教義であることを否定するなどしてこれを明かすことなく、その救いを被告協会の教義に求めるように誘導すべく組織的体系的目的的に教育を施し、その各過程において、入教関係 費、各種物品購入費用を出捐させ、また、被告協会の教義であることを明らかにした後には、上記のような目的を知らない原告らをして、宗教教義の名の下に、さらに同様の費用を出捐させたほ か、無償の労役の提供をさせたり、新たな協会員獲得のための伝道活動に従事させたものであっ て、それらは、社会的にみて相当性があると認められる範囲を逸脱した方法及び手段を駆使した、原告らの信仰の自由や財産権等を侵害するおそれのある行為というべきであって、いずれの原告に対する関係においても、違法性があると判断すべきものである。
 なお、原告らの中には、アンケートや友人の誘いに応じて、何の畏怖困惑を覚えることなく入教関係費や献金の出捐に応じた者がいるけれども、前記のとおり、入教関係費は、協会員の上記のような組織的体系的目的的な違法行為に基づく結果の実現のために不可欠というべき被告協会への入会の端緒となる費用なのであり、献金は、その金額の多寡に関わりなく、もともと被告教会の教義の名の下での当初から予定された経済的な収奪目的に従って徴したもので、原告らの出捐の時期態様からみて、協会員からの陰に陽にの慫慂に基づくものと推認されるから、それらを出捐させてこれを収受する行為も、違法性を帯びるものと言わなければならない。いずれの原告においても、協会員の不当な目的を知っていてもなおその出捐等に応じ、被告教会に入会したと認められるような事情はない。
 (5) 被告協会は、信教の自由には、それをいついかなる形で告白するか否かの自由も含まれているから、相手方の理解度に応じ段階的に開示したとしても社会通念上何ら問題はないし、また、宗教における勧誘・教化行為は教育であるから理解度に応じ学ぶ内容が段階的に示されることは当然であると主張するが、宗教上の信仰の選択の前記のような重大性に照らすと、宗教教義であることをことさらに否定したうえ、その点について疑問を抱く者に対してさえ教義の全体を鳥瞰する機会を奪ったまま伝道行為を行うことは、不公正とのそしりを免れず、被告教会の上記の主張は採用できない。
 被告協会は、原告らは各種活動をやめようと思えばいつでもやめることができたのであり、現に献身に至るまで多くの人がやめていったのであって、そこには何の肉体的拘束や強制、脅迫もなかったことを挙げて、その入会、伝道活動等が原告らの任意の判断に基づくもので違法性がないと主張するけれども、その勧誘等の行為がその目的手段方法等に照らし、違法性があると判断すべきであることは、上記説示のとおりであり、原告ら が、外形的には任意にこれを選択したものであ り、その選択に当たり物理的強制力や脅迫も働いていなかったことは、その違法性の強弱及び損害の程度を検討するに当たっては考慮すべきことではあるが、原告らに対する違法性の存否を判断する上では、そのことのゆえに違法性がないと判断すべき事情には当たらない。他の多くの人が途中でやめていったことは、強制や脅迫がなかったことをうかがわせるとはいえ、そのことのゆえに現に被告協会に入会し、各種活動に従事した原告らに対する上記の違法性が当然に否定されるものではない。原告らが主張するいわゆるマインドコントロールを前提とするのであればともかく、当裁判所の前記のような認定に立つ限りは、被告協会の主張は、上記違法性の判断を左右しない。したがって、被告協会の上記主張は理由がない。
 被告協会は、上記のような被告協会員の入教勧誘等の行為が違法であるのであれば、原告らも協会員となって同様に違法な行為を行った者であって、これによる損害賠償の責任を果たしていない以上、被告協会に求償することはできないと主張するけれども、原告らは、被告協会の協会員に欺罔等された結果、情を知らないまま上記のような行為に及んだのであるから、原告らがその違法行為に加担することになったからといって、協会員らの違法行為によって被った損害の賠償を被告協会に対して請求をすることができないとすべき理由はない。

第二 争点二(被告らの責任原因)について
 
一 被告協会の責任原因
 前記のとおり、原告らに対する違法行為に携わった協会員が所属する部署(被告協会が連絡協議会と呼ぶ組織)は、被告協会の非公式的な一部門に属していたか、あるいは、少なくとも、その活動が、被告協会のものとして明示的又は黙示的に許容され、その指揮監督下に置かれていたと推認され、かつ、協会員の上記違法行為は、いずれも被告協会の教義の伝道ないしそれに基づく宗教的体験の場としてなされたものであるから、上記違法行為は、外形的に被告協会の事業の執行につきなされたものといえる。そして、上記認定の事実に照らせば、原告らに対して直接勧誘した者はともかく、被告協会が連絡協議会と呼ぶ組織の責任者においては、少なくとも、それらの行為の違法性を当然認識していたと推認するのが相当であ る。
 そうすると、被告協会は、少なくとも、協会員の行った上記違法行為について民法七一五条一項に定める使用者責任を免れない。そして、被告協会において、民法七一五条一項に基づく責任があると判断される以上、原告らの主張する民法七〇九条に基づく請求や宗教法人法違反の主張については判断する要をみない。
 
二 被告アークカンパニーの責任原因
 前記のとおり、被告アークカンパニーは、株式会社ハッピーワールドの販社であり、霊感商法が社会問題化した後の昭和六二年三月三一日、被告アークカンパニーの取締役であった国武康則が、北海道生活環境部消費生活課を訪れ、「従来霊があるといって販売していた壺、多宝塔、高麗人参濃縮液、念珠、印鑑等の販売はしない。」などと説明したことが認められる。
 しかしながら、被告アークカンパニーは、同社が有限会社吉興商事に卸売りした商品が、化粧品類、アルカリイオン生成器、蜂蜜製品、清涼飲料水類、日本茶、大理石工芸品(高麗大理石壺、白雲大理石多宝塔)、高麗人参(高麗人参濃縮液、高麗人参茶)のみであり、印鑑・数珠はいかなる形でも譲渡していないとして、原告Aが購入した印鑑・数珠が被告アークカンパニーから仕入れられたものであることを否認する。この点、前記のとおり、証人小柳定夫は、印鑑については、特約店が独自に仕入れを起こしていたと証言し、これは、被告アークカンパニーの上記主張に沿うものであるし、上記事情のほか、原告Aに対する印鑑・数珠の販売に当たり、被告アークカンパニーに所属する協会員が関与したことをうかがわせる事情はない。
 そうすると、原告Aに対する印鑑・数珠の販売に係る違法行為について、被告アークカンパニーが責任を負うものと認めることはできないから、その余の点を検討するまでもなく、原告Aの被告アークカンパニーに対する請求には理由がない。

第三 争点三(損害及びその額)について
 
一 総論
 原告らは、いずれも被告協会の勧誘であることを全く知らずにその教義の学習の場に誘い込まれてその学習に励み、協会員の前記のような不当な目的を知らずに、入教関係費、献金を出捐して同額の損害を被り、また、被告協会に入会して、過酷な経済活動や伝道活動に従事して、無償の労役の提供を余儀なくされたほか、同様の役割を担うべき善意の人を被告協会に勧誘するという違法行為に加担させられ、また、こうした活動をする過程で、親兄弟や夫婦仲が危殆に瀕するなどの事態が生じた者も少なくないとうかがわれ(原告らを棄教に導くに際して採られた措置は、その当否はともかくとして、その関係が危殆に瀕していたことを如実に示すものと言えよう。)、これによって、それぞれ精神的苦痛を受けたあろうことは、容易に推認することができる。もっとも、入教関係費は、それ自体が一応学習等の対価の名目で授受されていて社会的に不相当ともいい難い金額であるから、特に多額ともいい難い献金と併せて、その損害が賠償されることによって、その精神的苦痛も回復される程度のものと考えられる。ま た、慰謝料の算定に当たっては、被告協会の協会員らの欺罔的行為があったとはいえ、特に物理的強制力等が用いられたりした訳ではなく、原告らの任意の選択に基づく出捐及び各種活動への従事という外形があることを斟酌すべきことは当然である。
 
二 各論
 そこで、以上の認定に基づき、各原告らの損害について検討する。
 (1) 原告A 八〇万円
 ア 印鑑・数珠の代金相当額 八〇万円
 その購入に当たって、協会員から、絶家の相があるとか、色情因縁があるなどと言われたことが動機となっていることに照らせば、その代金の支出は違法な行為によって被った損害というべきである。
 イ 慰謝料 〇円
 原告Aが勧誘を受けてから被告協会に入会し脱会するに至る経緯とその間の活動内容に関する前記認定事実とりわけ実践活動に従事した期間が短いことに照らすと、慰謝料の支払を要する程度の精神的苦痛を受けたとまで認定することは困難である。勧誘から脱会までの期間の浪費をいう点については、その学習自体は自ら選択したものでもあり、それによって様々な意味における人生の糧となったといえなくもなく、原告らの中にはその趣旨を述べる者もいることから考えても、その期間が原告Aを始めとする全原告らにとって、単に無益な時間の浪費であったとまではいい難いと思われる。
(略)
 (17) 原告B 二二一万一〇〇〇円
 ア 入教関係費相当額 一〇一万一〇〇〇円
 原告Bの主張するとおりの入教関係費相当額の損害を被ったと認める。なお、ライフトレーニング費用は二万五〇〇〇円であるが、原告Bにおいて一万五〇〇〇円を超えては請求していないの で、その請求額どおりを認める。
 イ 短期借入金未払分 〇円
 誰に貸し付けたかを含め事実関係が明らかでなく、受益の当事者も不明であって、損害と認定することはできない。
 ウ 慰謝料 一〇〇万円
 原告Bは、勧誘から脱会までの期間が長いだけでなく、トレーニング終了後の実践期間も二年以上に及ぶなど長期間に及んでおり、その間、様々な伝道活動、経済活動に従事したこと、勧誘時未成年者であったことその他の前記認定事実に照らすと、その精神的苦痛を慰謝するためには、一〇〇万円の慰謝料の支払を命ずるのが相当である。
 エ 弁護士費用 二〇万円
 本件事案の性質内容、審理の経緯に照らし、被告協会側の違法行為と相当因果関係に立つ弁護士費用は二〇万円が相当と判断する。
(略)
 (19) 原告C 一一〇万円
 ア 慰謝料 一〇〇万円
 原告Cは、勧誘から脱会までの期間が長いだけでなく、トレーニング終了後の実践期間も一年半以上に及ぶなど長期間に及んでおり、その間、様々な伝道活動、経済活動に従事したことその他の前記認定事実に照らすと、その精神的苦痛を慰謝するためには、一〇〇万円の慰謝料の支払を命ずるのが相当である。
 イ 弁護士費用 一〇万円
 本件事案の性質内容、審理の経緯に照らし、被告協会側の違法行為と相当因果関係に立つ弁護士費用は一〇万円が相当と判断する。
 なお、被告協会は、和解契約により、原告Cの本訴請求債権は消滅したと主張するけれども、その和解契約には、献金等に係る請求については放棄するとうたうにとどまっており、その文言上、 勧誘され被告協会に入会して活動したこと自体に由来する請求権まで放棄したとは認め難い。したがって、被告協会の主張は理由がない。
(略)


札幌地方裁判所民事第五部
裁判長裁判官  佐 藤 陽 一
裁判官  本 田   晃
裁判官  中 里   敦